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修正しました。【随時更新】 [小説]

[ぴかぴか(新しい)]以下の小説を修正しました。

[NEW]「coexisteиce」
http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2013-05-31
修正内容:…→……、誤字、句読点


[ひらめき]今後修正予定作品

★共食い系男子と拒食系男子
☆人か獣か妖か
☆生きた屍を愛した少年
☆願われた繋がり


[晴れ]修正済作品一覧

「俺は兄ちゃんを愛しすぎている」
http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2012-12-09

「僕は弟を愛しすぎている」
http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2014-02-19

「209号室の住人」
http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2013-01-13

「209号室の住人-鷺沼聡太の過去」
http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2013-12-17

「幼い半獣」
http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2013-05-11

傍にいさせて [小説]

Yvon.jpg
✽連れて行け
「タパニ!!前見ろ!前!ぶつかる!!」
ちょっとよそ見をして歩いていたら、隣を歩いていた友達の
クレマンに注意された。
僕が気づいた頃には遅かったのだけど…。
人とぶつかってしまった。
『ご、ごめんなさい!』
「だから、言っただろ~。すみません。うちのバカタパニがご迷惑を…。」
友達も一緒に謝る。
「ぁ゛あ゛?」
上から低い声が僕たちに発せられた。
よく見ると、男性らしいしっかりとした肉づきの男性で、スラッとしていて僕が二人分くらいの身長のようだった。
もしかしてそう見えたのは、僕が女の子のように小柄なだけかな。
男性は掛けていたサングラスを取って、鋭い眼差しで僕を見てきた。
さすがに怖い。
腕を伸ばして、僕の頭の上に手を乗せてきた。
『え…?』
「なんだ…ガキか…。ちっこい。」
目があまり見えないのか、わざわざ僕の身長を確認してガキだと言われた。
「ん?待てよ…なんで、ガキがここにいる?十九から上の奴らしかいないはずだ…あ、飛び級かお前。」
『あの、僕はこれでも二十四なんですよ。』
「びっくりしますよね…こいつちっこいし、童顔だし、行動も子どものままみたいで。いっつも誰かに迷惑かけて…」
「俺の二つ上かよ…嘘じゃねえよな?所属クラスとランクは?」
僕とクレマンはお互い顔を見合わせた。
僕たちのいるここは、政府の特別スクールで、限られた十九歳以上の男子のみが入学できる場所だ。
稀に飛び級で入ってくる子がいるらしいが、僕はまだ見たことがない。そんなことができるのはよっぽど優れた身体能力があるか、頭脳明晰なのか、特殊異能力者かなにかだろう。

このスクールでは、警察や軍が解決できない問題を扱う事を専門とする、部隊(アトゥー)の訓練と育成が行われている。
それぞれの能力において、所属するクラスが分かれていて、
さらに、クラスの中でランクも分かれている。
このランクは定期的に行われる能力テストで上下し、最高のSSから、最低のEまで七ランク存在する。
SSからAは援護隊員として、現場に行く。
二十五までにAランク入りしなければ、強制的に卒業させられ、別の政府が用意した仕事に就かなければならない。
逆に、それまでにランク入りしていたのであれば、そのままアトゥーに入隊して本格的に問題解決をしていく。

『僕とクレマンは、ソワン所属のSランクですよ。ほら、このバッチが証拠です。』
所属するクラスのマークとランクを示すバッチを、生徒達は衣服の見える場所に付けている。
だから聞かなくてもバッチを見ればいいので、不思議に思って僕らは顔を見合わせたのだ。
「俺は…」
「アッ!あなたはバタイユ所属のSSランクのイヴォンさんですよね?」
『え!?なんで名前知ってんの?知り合いだったの?』
クレマンの発言にびっくりした。
バッチには名前は表記されていないから、知らないと呼べない。
「タパニ…お前こそイヴォンさんを知らないのかよ!十七でスクールに特待生として入学して、たった三年で幻のSSランクに選ばれて、今もランクキープしてるっていうすごい人なんだぞ!オレもそこしか知らないんだけど…年下とは思えない…。尊敬してます!」
『本当にいたんだ…飛び級生…。しかもSS。すごい人にぶつかっちゃった。…ハッ!僕ら、ランク下げられちゃったりするかも!わー!怪我しなかったですかー!?』
状況を把握して慌てて、イヴォンさんに問いかけた。
「ぶつかったくらいでランクは下げられたりはしない。俺は平気だ。」
『「良かったぁ。」』
「…ただ…そうだな…詫びたいというなら、俺をバタイユのクラスがある棟まで連れて行けよ。あそこまで行くのにどこまで歩いたか分からなくなった。途中に嫌がらせかと思うくらいの長い階段あるし。」
「はい!分かりました!」
クレマンが勝手に了解した。
授業まで時間がかなりあったから、断る理由は無いのだけど、やっぱりイヴォンさん…。
「タパニだっけか?お前、丁度良さそうだ。肩借りるぞ。」
『へ?』
言うやいなや、僕の肩に手を置いて歩き出した。
「イヴォンさん、オレ、荷物お持ちいたします!」
「自分の荷物くらい自分で持てるし、俺には、人生の先輩に荷物を持たせるとかできない。」
あれ?クレマンと僕の扱いが大分違うような気が…。クレマンとは同い年で僕も人生の二年先輩なんだけどな。

イヴォンさんをバタイユのクラスに送った後、自分たちのクラスに行くと、室内待機していたクラスメイト達に一瞬で囲まれた。

✽政府の狂犬
『なに!?なに!?みんなどうしたの?』
「タパニ!無事だったか!?」「クレマン!タパニをちゃんと見てろよ。」「可愛いタパニが殺られたかと思ったぜ。」「狂犬と衝突したんだろ?」
クラスメイトの1人に急に抱きつかれ、びっくりしてる間にいろんな言葉が耳に入ってくる。
「オレはちゃんと注意したっつうの。タパニが鈍いだけだ。それに、イヴォンさんはあんたらが思ってるほど、悪い人じゃないと思うね。」
『どういうことなの?みんなイヴォンさん知ってるの?狂犬って何?』
どうやら、イヴォンさんを知らなかったのは僕だけのようだった。
「可愛い可愛いタパニに、この俺、サリムさまが丁寧に教えてやるよ。」
『うん!うん!』
「盲目の政府の狂犬ってのが、あのイヴォンの二つ名だ。左目だけぼんやりと輪郭だけ見えるらしいが。」
僕が予想していた通り、目が見えていなかったんだ。
でも、彼はバタイユ所属…バタイユは体術による戦闘を専門としている部隊だ。見えない状態でどうやってやるんだろうか。SSクラスだからSクラスよりも優れてるわけだし…。
「あの人が狂犬って呼ばれてるのは、今から六年前のクリュエル事件が切っ掛けだ。丁度俺等が入学した年にあったやつだよ。覚えてないか?」
『結構前だね。えっと…連日連夜、道に気絶した人が何人も同じ区域内で倒れてて、翌朝発見されるケースが多くて、なぜ気絶していたかそこにいた人たちは何も覚えていなかったやつだよね。』
「そうそれ。あの事件、当初は窃盗が目的じゃなくてただ人を気絶させるってだけだったから、俺等は出番無かったけど…半年同じこと続いて、だんだんエスカレートしていって、ついに窃盗は起きるし、怪我人と死人まで出るようになっちまって、警察が調べたら、特殊能力を有する者の犯行ってことで、俺達スクールの連中も総出だったじゃん。」
『たしか…夜の犯行でバタイユの人たちも数名が怪我負わされて、僕たちはその治療で忙しかったはず。』
僕の所属しているソワンは、治癒能力に長けた人たちの集まりで、傷ついた人を回復させるための技術を学んでいる。
「タパニ、すげぇ頑張ってたよなぁ~可愛いかった。」
「サリム…。話がズレた。タパニの話じゃないだろうが。」
サリムの言葉に苦笑いでいると、クレマンがツッコんできた。それに答えるようにサリムは、咳払いをして話を元に戻した。
「あれ、一年がかりで調査した結果、模倣犯が存在することが分かったんだ。でも、こちらが模倣犯を特定するとそれに合わせたかのように、模倣犯が次々に殺害されていって、こちらが出遅れるカタチになった。それは同一犯の犯行で、必ず両目を奪われていた。」
嫌な予感が頭を過ってきた。まさか…。
「クリュエル事件と模倣犯殺害は全部イヴォンの犯行だ。アトゥーの本部がどうやって特定したのか、目的は何だったのかは俺も知らないがな。でも、ここに連れて来られた時のイヴォンは知ってるぜ。」
「それならオレも知ってる。」
サリムの話を遮るように、クレマンが割って入った。
「指揮隊長四人に囲まれて重々しい空気でバタイユのある棟に入って行ったのを見た。あの時はまだあんなに身長なかったな。見かけないうちに180はいったんじゃないか?」
「それは分かんねえけど。まあ、そういう過去のある人だから、あんまり近づくなよ?可愛いタパニに何かあったらと思うと俺は…なあ、タパニ。クレマンより俺とパートナーになろうぜ?」
『話が変わってるよ。サリム。』
「こんな軟派な奴にタパニを任せるくらいなら、イヴォンさんに任せるわ。」
「はぁ?」
『まあまあ、二人とも落ち着いて。…サリム、イヴォンさんについて教えてくれてありがとう!気をつけるよ。』
話終わると丁度よくソワンの指揮隊長がクラスに入ってきた。
僕は頭の隅にイヴォンさんの事を置きつつ、もうあんなすごい人には会わないだろうと思っていた。

✽卒業試験
初めてイヴォンさんに会ってから一年経って、僕はスクールの卒業試験に挑んでいた。
あれから一度もイヴォンさんを見かけていないから、こうして無事にいる。
スクールの卒業試験は顔合わせを含み、三日続く。死と隣り合わせで、毎年死にたくないと途中で断念したり、どこかに逃げる人が出るらしい。
ソワン所属の人たちは戦闘向きではないから、戦えと言われたらそりゃ逃げる。
そのため、ソワンの人たちは戦闘部隊のバタイユの人たちとペアを組む。
ただ相性が鍵を握っていて、喧嘩し始めちゃったり、バタイユの人がソワンの人を見捨てたり…逆もあったりと、卒業できる組は数少ないそうだ。
試験のパートナーは予め配られた紙に書いてある番号と同じ人と組む。
「タパニ、卒業できるように頑張ろうな。そうだ、番号は何だった?」
『誰がパートナーだろうと最後までやるよ。僕は41番。クレマンは?』
「オレは27。」
『そう。この試験さえ突破すれば、アトゥーの本部に就けると思うと断然やる気が出てくるよね!』
僕は目前の試験に夢中だった。
「タパニ…ソワンのパートナーがお前で良かったよ…。」
『え?何?』
クレマンが何かを言ったようだったけれど、聞き返した時には既にバタイユのパートナーの所に移動していなかった。
代わりに僕の側にいたのは、指揮官の一人に連れられたイヴォンさんだった。
『イヴォンさん!?なんでここに?』
びっくりして大きな声を出してしまった。
イヴォンさんは僕の二つ下でまだ卒業試験は受けないはずなのに、なぜかそこにいたからだ。
「その声…ちっこい先輩…?41番はタパニという奴だと聞いたが…そうか。ちっこ…」
『ちっこいを二回も言わなくていいよ!イヴォンさんが41番なの?でもどうしてここに?』
僕の問いかけにイヴォンさんは少し表情を曇らせた。
「あいつらがヤれと言うから…俺は…イッ!」
あいつらというのは指揮官の事なのか本部のことなのか分からないけど、イヴォンさんの本心でここに来てる訳じゃないんだというのは分かった。ただそれ以上話を聞けなかった。
イヴォンさんを連れて来た指揮官が、話の途中で遠慮なくイヴォンさんの脇腹にトネールという電撃を一発撃ち込んだからだ。
「お前は余計な事を言えるような立場の人間じゃないんだよ。何度教えれば覚えるんだ。」
「チッ…俺は…あいつらの忠犬じゃねえんだよ!」
指揮官の胸ぐらを掴んでイヴォンさんは言い返す。そんなことをしたら今度は致死量のトネールを撃ち込まれるのではとか、いざとなったら止めようかとか治療が必要だろうかなど
、僕の頭は一瞬で恐怖と心配と緊張で埋まった。
「だから、お前にチャンスをやっているんだろう。この試験さえ合格すりゃ解放してやると。」
「クソ…こんなちっこい奴連れて戦えると思ってんのかよ…仕組みやがって。敵かどうか見分けなんかつかねえってのに。こいつが死んだら失格なんだろ?」
物騒な事がイヴォンさんの口から次々に出てくる。
僕が死ぬなんて試験が始まる前から言わないでもらいたい。
「死なないように守りながら戦え。敵かどうかはお前の目で確認しろ。」
「はぁ?見えねえつってんだろうが!」
「そうじゃない!お前は今どうやって、私のいる場所を特定した?さっきあいつがタパニという子だと、どうやって分かった?言ってみろ。」
「声と音…。」
「お前には目の代わりをしてくれる耳と瞬発力と技術がある。頑張ってこい。もう痛い事は嫌だろう?」
指揮官がイヴォンさんの頭を撫でながらそう言った。
トネールを放った時は、なんて酷い事をするのかと思ったけれど、この人はイヴォンさんの扱い方をちゃんと知っているし、本当は応援しているんだと、少し安心した。
そのうちイヴォンは落ち着いたようで大人しくなった。
「試験前に驚かせてすまない。タパニ。」
指揮官に急に声をかけられた。
『え!あ、はい…大丈夫ですよ。』
「お前のパートナーのイヴォンは知っていると思うが目が見えない。お前の声次第でこいつは生きる。ただし逆もある。他の組より難しいかもしれない。一つ、お前が死なない為に助言だ。よく聞け。」
『はい!』
「戦闘時のイヴォンの側には絶対に寄るな。寄ってきた奴は全員敵だとこいつは判断する。」
『ですが、それだと僕は…。』
「こいつが死にそうになれば回復させてやればいい。それはどうするかお前らが決めろ。私はこれ以上言えない。まあ、こいつが試験ごときの敵に深手を負わされないだろうが…本部はこいつに優しくない。巻き込んでしまったことに謝罪する。」
半分何を意味しているかよく分からなかったけれど、指揮官
の忠告には従わないと合格の率はいっきに下がるといのは分かった。
『僕たち、必ず合格します!』

✽仕組まれた試験前
「タパニ…。あんたは生きて帰らせてやる。合格、不合格関係なく。必ず。」
二日目、僕が試験内容の書かれた本部からの資料にひと通り目を通して、イヴォンさんに簡潔に伝えるとそう言われた。
どうしてそんなことを言うのだろう?
『僕はソワン所属の人間だよ?大抵の怪我は即治療できる。だから…』
「それは分かってる。…まあいい。今、言ったところで…。」
イヴォンさんが言いたいことを飲み込んで黙ってしまった。
パートナーとの顔合わせから数時間経って、イヴォンさんの様子を伺っていたけど、何度も言いたいことを隠す時がある。
「タパニ。あの指揮官は戦闘時の俺には寄るなと言ったが、それじゃ、あんたが敵に狙われた時助けられない。だから側に居て離れるな。」
『でも敵かどうか分からないってさっき…』
「コルドを使う。あれをお互い手首に縛りつけて戦う。コルドなら、あんたのソワンの力を感じる事ができるし、どこにいるかも把握できる。それに俺が傷ついた時でもそれ経由で回復もできるだろう。」
コルドとは、縄状のバタイユの人たちがよく使うアイテムのことで、お互いの力を把握することができる。
『コルドが切られたらどうする?』
「俺のリアンの能力で強化するから。そういう心配は要らない。俺はさっきの指揮官たちにここに連れて来られた時からいろいろ訓練させられて、あいつみたいなのもできるし、同時にいろいろ発動させることもできる。だから大丈夫。」
『そうか。イヴォンさんは本当にすごいんだね。さすがSSクラスなだけあるな~。』
純粋に思った事を口に出すと、イヴォンは嫌そうな顔をした。何か気に障る事を言ってしまったようだ。
「…そういうことでお前を守ってやる代わりに…俺の目になれ。移動時はお前に従う。あと、いちいち戦場でさん付けで呼ばれるのは嫌だ。イヴォンでいい。」
『分かった。僕がよく見えるイヴォンの目になるよ!』
そう言うと、イヴォンは安心したように表情を緩めた。
『そういえば…僕何も言ってないのに呼び捨てされてる気が…。』
「さんとか、先輩って付けてる間に殺られたらどうする。あと面倒くさいし、俺はあんたより強いからいいかなと。」
『本音出ちゃってるけど?前半で言うの止めてくれたら納得したのに。』

試験開始まであと一時間。準備してたらあっという間にスタートだろう。
『とりあえず、倉庫にコルドを借りに行こうか。』
イヴォンを連れて倉庫に行くと結構な人が来ていた。
『すごい人数…早く取りに行かないとコルドが無くなるかも。僕が借りてくるから、ちょっとここで待ってて。』
イヴォンと歩いててわかった事がある。受験者達がイヴォンに近づかないように避けて歩いている。お陰で歩きやすいけど…傷つくなこれ。イヴォンだって左目はかろうじて見えてるらしいから、人が近寄らないのは分かってると思う。
「タパニ…嫌な予感がする。俺も倉庫内に連れて行け。」
走って行こうとした時にイヴォンが急に手を掴むもんだから、転びかけた。
『うん。いいけど。中はもっと混雑してると思うよ。はぐれないように、このまま行こう。』
イヴォンの手を引いて中に入った。
予想通り混雑していたのにも関わらず、イヴォンが通るとこは人一人分は必ず空間が出来た。
「なんだ…すんなり来れたじゃねえか。」
『あ、ああ。うん。あのさ、イヴォンは全く見えないの?』
「急にどうした?こういう薄暗い所はダメだ。明るければ左目だけぼんやりと見える時がある。でも、痛くなるから使わない」
避けられてる事に気づいてはいないのかな。だったら少し救いかもしれない。
「管理人にコルドがあるか聞いてさっさと出よう。他の準備もしてえからな。」
『そうだね。』
管理人に近づきコルドがまだあるか尋ねてみた。
「ゲッ…イヴォン…君パートナーなの?お気の毒に…えっとね…イヴォンに貸せないんだ。」
「おい!今、なんつった?俺に貸せねえだと?在庫はあるんだろ!貸せ!!」
『イヴォン落ち着いて!管理人に手を出しちゃダメ!』
イヴォンが管理人の胸ぐらを掴む手前で手を止めた。
「と、とにかくイヴォンには貸すなと言われてるんだ。他のものならいくらでも持っていけばいいさ…」
『どうして…。誰にそんな指示を出されたのですか?僕らなにか違反でもしましたか?なにもしてないはずです。イヴォンに貸せないなら、僕に貸してください。』
「誰にって、言えるわけないだろ。それに、パートナーにも貸せない。そもそもソワンの所属だろ?使い方知らないだろ。初心者が試験で使える道具じゃない。似たような…初心者でも使える道具なら貸してやるさ。お前らがはぐれないようにしたいんだろ?だったら、ムノットとかどうだ?」
『どうして、使用目的があなたに分かるの?コルドは本来罪人や敵を縛りつけて身動きできない状態にすることが目的のはず。』
「お、お前が本来の使い方を知ってるなら、管理人の俺が応用を知ってても別におかしくはないだろ。それに、イヴォンの事を考えればどう使うか予想できるだろ。」
「もういい。出るぞ。タパニ。」
『え!?道具はいいの?どうするの!』
「いいから来い!」
イヴォンに腕を掴まれて引っ張られ、管理人と離された。
『わかった。』
何か考えがあるのだろうと思って了承すると、掴んでいた手を離して、急に出口の方に僕を突き飛ばした。
『痛っ!え!?何!?僕なんか気に障る事言った!?』
一瞬、何が起きたか分からなかった。勢いが良すぎて外に出てしまった。
どんだけ力が有り余ってるんだろうかあの人。
立ち上がって、突き飛ばした事に抗議しに中に戻ろうとした時だった。
「うああああああああああああああああああ!!」
あの管理人の悲鳴が聞こえてきた。
その後に次々に別の人の叫び声が僕の耳に届いてきた。
『イヴォン…まさか、暴れてるんじゃ…』
急いで中に入ると、そこにさっきまで立っていたはずの人たちが全員倒れていた。
『なにこれ…大丈夫ですか!?』
一人に近づくとただ気絶してるだけだった。
ただ、それは入り口の人だけで、奥に進むと倒れている人たちの様子は変わった。
だんだんと状態が酷くなっていた。
『駄目だ…この人はもう…なんで。一瞬で何があったの?!』
さっきの管理人のところまで行くと、血を浴びて、雨あがりの蜘蛛の巣のようにキラキラと輝いているように、綺麗な白髪を赤く斑に染めた彼がいた。
『なに…してるの…イヴォン。』
イヴォンはぐったりとして身体の原型を失くした管理人を、何度も何度も蹴りつけていた。
「クソ!クソ!なんでだよ!俺がなんかしたのかよ!答えろよ!俺が!政府に!何したってんだよ!逆だろうが!ぁ゛あ゛ん?俺は!俺は!」
イヴォンの訴える声と一緒に周りから、骨が折れる鈍い音が聞こえてくる。
一人に集中して攻撃してるはずなのにどうして周りから聞こえるんだろうか。
倉庫といっても反響するような場所ではない。
周りに転がっている死体をよく見ると、管理人がやられると同時に同じようなダメージを受けている。
まさか、一人捕らえれば周りの人間も同じく捕らえられ、攻撃を全員受けるんだろうか。だとすれば、ここにいる僕もダメージを受けるはずだが、無傷だ。
「タ…パ…ニ…。」
どこからか僕を呼ぶ声がする。どこだ?
いったん、イヴォンは後にして生きている近くの人を助けよう。
『どこ?もう一度呼んでくれない!?』
「タパニ……。ここ…だ…。」
声のする方に向かうとそこには傷だらけで、倒れているクレマンがいた。
「タパニ…あいつは狂ってる…逃げろ。オレの…二の舞は…嫌だろう?痛いのは嫌い…だろう?」
『クレマン!どうして…ここに。今、助けてあげるからね。ちょっと黙ってて。』
「無駄だ…ここにいる奴らに回復は効かない。オレも試した…が、このザマだ。イヴォンさんの…能力の一つだ…敵全てに回復はさせず…主力以外はじわじわと確実に…死に至る。」
『じゃあ何!?クレマンが死ぬっていうの?なんで!何もしてないじゃないか。ずっと僕とソワンでパートナーとして、SSクラス目指して、本部目指して頑張ってきただけじゃないか!クレマンだってSクラスだ。僕がイヴォンを止めてくる。だから、それまで生きて、待ってて!』
クレマンに簡単な回復だけをして、イヴォンのところへ走った。
『イヴォン!!!』
ビクッと動きを止めて僕の方に顔を向けた。
「タパニか?…なんでここに…なんで。」
どんどんイヴォンの顔が青ざめていく。どうしたのだろうか。さっきまでの威勢はどこに…?
ボトリと管理人の死体を床に落として僕に近づいてきた。
殺られる?
『どうしてこんなことしてるの?関係ない人巻き込んで…イヴォンを慕ってたクレマンまで巻き込んで、命奪って。試験受けに来ただけなのに。ここに道具たまたま借りに来ただけなのに。』
「俺は…俺は…また…」
また?
「俺が守ろうとした人を傷つけられて…それで…同じ目にあわせてやろうと思ったら…いつの間にか俺がみんなを傷つけてる…どうしてなんて俺が聞きたい。また、いっぱい巻き込んだのか?力が異常に消耗してる…。」
『倉庫にいた人たちを巻き込んだよ。三十数名はここにいたはず。もう身体がバラけていて判別できない人もいるけれど。』
「そんなにいたのか?誰にも触れなかったから、いても数名と思っていた…。」
『人数の問題ではないよ。全員味方なんだよ?』
「味方じゃない!それだけは言える…。けど、お前の友人のとこに俺を連れて行け。」
『何するつもり?イヴォンのミュールの力のせいで回復が効かないんだよ!?』
「無関係で俺が巻き込んでしまったやつ、まだ息のあるやつは俺が責任持って助けるから…だから、まずクレマンのところへ俺を連れて行けってんだよ。」
助ける?ソワンの力を持っているっていうの?
イヴォンがどんなにすごい人でも、回復は限られた能力を持った人たちが訓練を積み重ねてできることなのだから、できるはずがない。
「タパニは怪我してないか?」
『ん?…うん。してないけど。』
「そうか。ならいけそうだ。」
イヴォンが何に納得したのかよく分からないけど、連れて行けと言われたし、クレマンのところに導こう。

クレマンのところへ行くと、イヴォンを目の前にしたクレマンは怯えだした。
「タパニ…何考えてるんだ…?この人を連れて来るなんて…。」
『…イヴォン。殺したら承知しないから。』
怯えるクレマンの手にイヴォンの手を触れさせた。
「クレマン。慕ってくれてたんだな。さっきタパニから聞いた。嬉しかったよ。ここには敵しかいないと思ってたから。怖い思いをさせて悪かった。試験受けられる状態にするから。」
喧嘩腰で荒れた姿のイヴォンから、穏やかさを感じられた。
「デザンフェクシオン。」
『それって…!』
イヴォンがソワンの力を使って、クレマンを回復させていく。同時に周りの人間たちも回復していく。
『どうして…バタイユの君がソワンの力を使えるの?しかも同時回復なんて教官レベルだよ。』
「…俺は小さい頃、自分がやられてもすぐ回復して、敵に立ち向かえるように訓練してた。そしたらこれができるようになってた。そのうち、やられる前にやるっていうスタイルに切り替えたから。使わなくなっただけで、できないわけじゃねえ。ただ、これは指揮官には言うなよ。お前が回復させたことにしろ。後から面倒なんだ。せっかく出られるっつーのに逆戻りだ。」
小さい頃って、そんな時からどうして敵、味方なんてあるんだろうか。ただの子どもの喧嘩ならそんな訓練なんて必要ないだろう。だいたい体力に差などあまり無い。大人になっていくにつれて差が出はじめる。たぶんイヴォンが相手にしていたのは大人だ。質が悪い事に特殊能力を有した人たちを…。
普通の子どもが自然に能力に気づくのはマレで、だいたいが周りの大人から感じとる。僕もそう。
父親がスクールの卒業生だったから、その話を聞かされて育って、父親に能力があるなら、子どもである僕にも能力が存在するんじゃないだろうかと、スクールの入学試験を試したら、父親と同じソワンの力が使えた。
入学試験に合格すれば、そのまま入学しようが、普段の生活に戻ろうが、政府はあまり干渉してこない。

死んでいなかった人たちは全て、僕も手伝って回復させることがてきた。
「イヴォンさん。一体何をしたいんですか?傷つけたり、回復させたり…」
『クレマン、問い詰めるのは試験の後にしよう。時間が無い。あと五分だよ。動ける人はさっさともう行っちゃったよ。報告も兼ねてだと思うけど…。』
「でも、タパニ!彼とパートナーなんだろ?殺人鬼と一緒なんて…!」
「クレマン。安心してくれとは言わない。だが、俺はどうなってもタパニは生きた状態で必ずあんたに返す。約束する。」
「生きて戻ってくるなんて当たり前だ!怪我をさせてボロボロだったら俺は…許さない。あなたと殺りあって勝てるはずがないけれど、それでもオレは許さない。無傷でタパニを返せ。先に会場に向かわせてもらう。」
『クレマン…。』
クレマンが見えなくなるまで見送った。僕らも試験会場に向かおうと隣のイヴォンを見上げると、唇を強く噛んでいて血が滴り落ちていた。
『イヴォン…そんなに噛んだら痛いから、やめたほうがいいよ…僕は、さっきかなり力を使ってしまったから傷を塞ぐことがしばらくできないし。』
そんな僕の注意が聞こえていないのか、さらに強く噛んでどんどん血が出てきた。
『イヴォン!ダメだって!聞こえないの!?』
何度注意しても力んでやめない。耳は聴こえているはずなのに、どうして無視をするのか分からない。
ぐいっとイヴォンの手を掴んで引っ張った。
その時妙な感触がした。すぐに手を離して確認すると、強く握りしめられた拳からも血が流れていた。
『イヴォン?なんでそんなに…』
訊き出そうとすると、見上げて見ていた彼の顔が突然目の前から消えた。下を見ると、荒い呼吸で苦しそうに倒れた彼の姿が目に入った。
突然すぎて状況がすぐに理解できなかった。
突っ立ったまま、ただ彼を見ていた。
そんな僕らをいつから見ていたのか知らないけれど、彼をパートナーと顔合わせの時に連れてきた指揮官が駆けつけて来てくれた。
「やっぱりな。暴れると思ったんだ。…タパニだっけ?お前があの中にいた連中回復させたのか?」
『え…あの…えっと…。』
「んな力ある訳ねえか。お前、Sクラスだもんな。こいつが大半だろ?嘘をつかなくていい。俺は知ってるから。…お前、別なバタイユの奴と組み直しだ。それを伝えにきた。」
『よく意味が分かりませんが…。』
「どの辺?全部?まあ、そうだろうな。お前を巻き込んだのだし、知る権利があるだろうから、一度だけ教えてやる。こいつが暴れることは上の連中は想定していた。というか、そうなるように仕組んだ。こいつを縛るために。それと…」
苦しむイヴォンを助ける訳でもなく、ただ淡々と僕に説明してきた。
「こいつの初歩的な攻撃如きで息絶えているような奴らでは本試験なんて死にに行くようなものだ。ここでこいつによって振り分けられたってこと。ただし、これはイヴォンが暴れてくれないとできない。任務だと言って素直に聞き従うような奴でもない。そこで、本部はこいつを卒業試験に出させた。だから、こいつの任務はこれで終わりって訳で、俺はこいつの回収しに来た。早く、試験会場に行きなさい。そろそろ、パートナーの組み直しが始まる。」
指揮官の声を聞きながら、イヴォンの行動を思い出した。
おそらく、彼は途中で気づいたから僕を外に出したのではないかと僕は予想した。
『失礼ながら、発言させていただきます。あなたなら、イヴォンを回復できますよね?僕、彼に言われたんです。生きて帰らせてやるって。試験はこれからなんです。ここで僕が彼から離れれば僕は命を落とすかもしれない。そうなれば…彼の性格を知っているあなたなら分かるはずです。』
指揮官に抱えられたイヴォンが微かに僕の言葉に反応して動いたように見えた。
「こいつにどうせなら本試験を受けさせたいと私も思うが、これは任務だ。勝手な事はできない。それに、こいつによってあんたは元パートナーの命を失いかけたはずだ。そんな奴をあんたは信頼できるっていうのか?」
『元パートナーとも彼は約束したんです。僕を無傷で返すと。他の人と僕がパートナーになればそれは破られてしまいます。どうか、僕を彼の傍にいさせてください。』
「よく分からないな。そんな約束、こいつがただ約束を果たさず終わるだけだ。別にあんたは困らないはずだ。どうして、こいつに拘る?狂犬の世話がしたいのか?狂犬から忠犬にしたいのか?……中途半端な気持ちなら、その脚噛み千切られるぞ。あんたがどうしたいのか興味が出てきた。いいだろう。こいつとパートナーを組んで本試験に挑めるように手配してやる。コルドを貸してやるから持って行け。」
『ありがとうございます!』
「起きろイヴォン!コルドでタパニと繋いでやるから、本試験を受けてこい。私からの任務だ。遂行しろ。」
ゆっくりとイヴォンは体勢を整えて、僕に近づいてきた。
『動ける?』
「身体が妙な音を立てていやがるが、動けないことはない。」
「少し回復を促す薬をイヴォンの体に入れた。時間が経てばさっきのように動けるはずだ。こいつはちゃんと訓練を受けているから、倒れてもそう簡単に死にはしない。…よし。繋げた。時間が無い。急げ。」
「了解した。」
イヴォンの手をとって、試験会場に向かった。

✽傍にいさせて
試験会場では、すでに新たなパートナーがそれぞれ組まれていた。
「ソワン所属のタパニと、バタイユ所属のイヴォンだな。話は聞いている。奥で説明が始まっている。行け。」
すでに会場入りした人たちは、皆青ざめていた。
パートナーを組み直される際に、事の訳を聞かされたのだろう。
試験が始まる前にすでに、 倉庫以外の場所でも振り分けがされていたらしいが、振り分けがされていたなんて誰も知らなかったこと。
その振り分けで死人が出るだなんて予想すらしていない事態だったために、いろいろとショックが重なった。
合格率が低いのはこのせいだろう。
「これから本試験を開始する。今年は、Sクラスの人数がどこも少ないため、クラス混合で行う。パートナーも気遣いつつ、他の仲間も見殺しにはできないという状況になる。
敵は本部が捕まえた、死刑執行が言い渡された凶悪犯達だ。当然能力も有している。それぞれの部屋に数十人いる。敵側には、生きて残れば解放してやると伝えているから、情けは必要ない。絶対に生かすな。生かすことになれば、責任は君たちが取ることになる。それを覚えておけ。本部は甘くない。配られた番号の書かれた扉の前へ移動しろ。」
重々しい空気の中、受験者達は指定された扉の前へと移動していった。当然、僕たちも移動した。
「タパニ、俺たちの向かう部屋には何人くらい味方が入る?」
『それが…他の扉の前には結構な人数がいるんだけど…僕たちの扉の前には、僕たちしかいないんだ…。イヴォンがSSクラスだから、他とのハンデかな?』
「誰もいないだと?そのほうが俺にはヤり易いが、本試験も仕組まれたか…大丈夫だ。必ず生きて帰す。」
本部が味方からの被害を出さないように、特別なのかと考えたけれど、イヴォンがまた仕組まれたと口にするから、疑心暗鬼になりそうだ。
「制限時間は君たちが部屋に全員入って、敵も部屋に入った時点から二十四時間。それ以内に生き残った組が合格となる。扉が開いたら、中へ入れ。扉が閉まると、制限時間が過ぎるまでにどちらか全てが戦闘不能にならない限り開くことはない。覚悟が無い者は今のうちに去れ。説明は以上だ。」
上官の説明にビビって、扉が開く前に本当に去ってしまった
人たちがいた。パートナーの片方が去ってしまった者は棄権された。
これから二十四時間ってことは、夜通しを意味する。
ただでさえ疲労しているのに徹夜はキツイ。
あえてこの状態にしてるのだろうけど、生存率はかなり低いだろう。
「行けるか?」
『え?…行けるよ!だって、イヴォンが守ってくれるんでしょ?それに僕だってSクラスなんだから、見くびってもらっちゃ困るよ。』
目の前の扉が開くと、中にイヴォンを導いた。
二人共中へ入るとすぐに扉が閉まり、凶悪犯達が別の扉から続々と入ってきた。
パッと見るだけでも五十は越える人数だった。これだけの人数を二人で相手しなければならない。
実際やるのはイヴォン一人。少しずつ回復しているとはいえ、力を先に使ってしまっているから、温存しつつ相手にしなくては長続きできそうにない。
「あん?二人だけか?こちらと同じくらいの人数って聞いたが、手違いか?」「別にいいだろう。たった二人なら俺らが生き残って当然だ。いい最期にしてやるよ。兄ちゃん方。」「少しは楽しませてくれたりするのかな?」「無理だろ。片方があんなにちっこいお子様だ。」「女か?」「いや、女はいないはずだぞ?あれでも多分オスだろうさ。」
口々に好き勝手な事を言ってくる。
「飛び級のお子様なんじゃねえの?お守りでも押し付けられたんだろ?なあ、そこの白髪のお兄さんっ!」
一人の男がイヴォンに話し掛けながら、殴りかかってきた。
『イヴォン!』
「うるさい。分かってる。」
イヴォンは男の手を掴んで壁の方へ勢いよく投げ飛ばした。
『ちょっとイヴォン…五十以上いるんだから、最初からガンガン飛ばしてたら疲れちゃうよ。』
「仕方ねえだろ。いっきにやりたくても、さっきので力あんま無えし、一人ずつでも戦闘不能にしねえと、リスクが下がらねえ。あんたもまだ回復してねえんだろ?それまで、俺も回復はできねえって訳だしな。死にたくなきゃごちゃごちゃ言うな。三時間で終わらせる。」
「ごちゃごちゃ言ってるのは兄ちゃんのほうだぜ!俺達相手に三時間で終わらせるだと?あんたらが三時間もかからずに終わるね。」
多数で同時に僕らに襲いかかって来る。
それを僕に攻撃をされないようにしながら、自分も守りながらイヴォンは容赦なく相手をどんどん投げ飛ばしていく。
投げ飛ばすついでに、何か一緒に体に打ち込んでるようだった。睡眠効果のあるものなのか、投げ飛ばされた人たちは仲間に起こされても目を開けず、ただ転がったままにされた。
ショックで死んだわけでもないようだった。
「兄ちゃん…なんなんだ…」「なんで一人でこんなに?おかしいだろ…」「バケモノだ…」
男たちが恐怖に落ち始めた。
半数は戦闘不能にされたのだから、それはそうだろう。
けれど、こちらがまだ不利なことには変わらない。
イヴォンの息が荒くなってきている。
コルドを通して回復をしてあげてはいるけれど、この人数を一人でやるにはそろそろ限界だ。おそらく二時間は経っている。
「タパニ…次で最後の攻撃にする…全員戦闘不能になれば扉は開くと言っていた。俺が…攻撃し終えたらすぐにコルドを切れ。リアンは解いておくからすぐ切れるだろう。そして、入ってきた扉に向かって走れ。いいな。」
早口で耳打ちしてきたイヴォンの声が震えていた。
『切ったら、ちゃんとイヴォンも来るよね?』
「当たり前だろ。扉のところに着いたら叫んでくれ。声のするほうに行くから。だから先に行ってくれ。」
『分かった。』
イヴォンの次の攻撃に備えて、コルドを切れるようにナイフを取り出した。
「お?なんだ?お子さまも参戦するってか?」「だいぶ兄ちゃんお疲れのようだもんな。」
「誰が疲れてるって?まとめて全員俺にかかってきな!タパニに触れる事もできないお前たちなんか、俺一人で十分だ!!!」
「言ってくれるじゃねえか!お望み通り全員で殺ってやらぁあ!!!行くぞ!!」
本当に男たちは動ける者全員で僕たちに攻撃を仕掛けてきた。
ふとイヴォンの顔を見ると、笑っていた。
この状況を楽しんでいるんだろうか?
昔を思い出しているのかもしれない。
「 …シャンデル・ドゥ・グラス…あんたらの終わりだ。」
イヴォンを中心にして、天井のほうから、鋭い氷が男たちを
次々に貫いて、地面に串刺しにしていき、動かなくなった者たちも同様に突き刺さっていった。
全員動かなくなると、イヴォンがコルドを切るように急かした。
『今、やってるよ!……切れた!』
「走れ!!!」
言われるがまま、扉に向って走ると、扉が開いた。
扉の外側に立って、イヴォンを呼ぼうと後ろを向くと、
イヴォンは後ろから、氷で身体を貫かれていた。
『イヴォン!!?』
「ガッハッ…ァ…」
『イヴォン!!』
微かに意識があった男にやられたようで、誰も動く者はいなかった。
急いで、部屋の中に戻ろうとした瞬間、上官に腕を掴まれた。
『え?!』
「合格おめでとう。」
『あ、あの!でもパートナーが!』
「ん?あの子は別にいいんだ。生きててもそうでなくても。君はここに生還した。あの子も扉が開くまでは生きてたから、合格。他の合格者が出るまで、作戦室で待機していろ。」
『あのままイヴォンを置いて行けって言うんですか?!』
「彼は一時的なパートナーだ。割り切れ。いちいち感傷に浸っていては本部でやっていけないぞ。これ以上忠告させないでくれ。君は特別だ。なんせ、たった二人で宣言通り三時間で上官クラスの凶悪犯全員をこの状態にしたんだ。せっかくの逸材を不合格にしたくない。他の部屋の連中は何人も味方がいるのに、君みたいに、パートナーを盾に生き残ろうって奴がいなくてさ。どんどん殺られていく。」
パートナーを盾に…生き残る?
『僕は…そんな…』
「ん?そのくらい生命力に貪欲じゃないとやっていけない。
今年は何人生き残るかな?でも、もったいない事に、生き残って合格しても本部に入隊希望出す人は、一人か二人なんだ。優れた人は強制的だから、入隊者はそれなりなんだが。…分かったら部屋に行け。ちなみに君は後者ね。」
『…人間の命をなんだと思っているんですか?せめて、目の前の味方を助けさせてください。僕はソワン所属です。回復させることが専門です。』
「君さ、彼が何して生きてきたか知って、それを言ってるのか?彼はちょっと前まで逆の立場だった。ここに連れて来られて、生徒たちが試験として彼を殺ろうとした。でも、彼は一人で、ほんの数分で生徒たちを動けない状態にして、圧勝。あまりにも強い力だったから本部は彼を入学させた。本来はあの時で彼は終わってたはず。それが延長されて今日になっただけ。言ってる事が分かるだろ?」
イヴォンが死刑囚だったなんて…。善悪で分けられるとしたら、イヴォンは過去では悪だろう。今も善とは言い難いかもしれない。けれど、本部も善とは言い難いだろう。
『…変わらないじゃないですか?本部も僕らもイヴォンのやってきた事も。』
「君は今、混乱してるだけだ。ほんの数時間共に辛い時を過ごした事によって情があるだけ。現に凶悪犯たちに君は涙を流していない。全く知らない相手で、自分の命を狙ってきた奴らだからな。」
『僕も…』
「黙れ!…この子を部屋に連れて行け。」
上官に指示された二人に僕はその場から離された。

作戦室で待機させられ、制限時間が終わりに近づいていくと合格した二人が入ってきた。
僕のように無傷の者はいなかった。
残り約一時間になった頃、クレマンとそのパートナーが入ってきた。
『クレマン!今、回復させてあげるから!』
「タパニ…良かった。生きてた。怪我ないか?」
『僕は無傷だよ。怪我をしてるのはクレマンのほうだ。』
同時回復はやった事がなかったけれど、イヴォンがやっていたのを思い出しながら見よう見まねで四人を同時に回復させた。
「ありがとう。こんなこといつの間にできるようになったんだ?」
『イヴォンのを真似ただけなんだけど、できた。』
「そういや、あいつは?」
『……扉が開いた後に、微かに息があったやつに殺られた…。無茶だったんだ。一人で僕を守りながら戦うなんて。クレマンとの約束を彼は守ったよ。僕は生きて帰ってきた。でも、どんな人間でも僕は…共に過ごした者なら一緒にここに来たかった。』
クレマンに話をしていると涙が溢れ出てきた。
『最後の一撃に賭けた時、コルドを切ってって言われたんだ…多分ね、イヴォンはもうあの時点で扉の所まで動ける力は無いって分かってたんだと思う…だから、せめて自分が息をしている間に僕が扉の外に行けるように…したんじゃないかなって…ここに来てから気づいたんだ。遅すぎるよね。』
「あいつに謝れないのか…。」
『謝る?』
「でたらめにやってると思ったからオレは怒ったんだ。でも、あいつはあれが任務だからやった事だった。最初から知ってれば…。」
『イヴォンも途中まで任務だって知らなかったらしい。彼はああいう任務は頑なに嫌がってやろうとしないから上が仕組んだ。イヴォンは僕が殺したようなものだよ。本試験には参加しないで済んだかもしれないのに、僕が無理に頼んだ。そしたら、すんなり受けることができた。』
「タパニが殺した訳じゃないよ…本試験にすんなりと進めたのは、最初からやらせるつもりだったからだと思う。全部仕組まれてたんだよ!オレたちは上の連中の掌で踊らされてるだけだ。こんなところにいたらオレたち、命がいくつあっても足りない…逃げよう。」
ただでさえ重い空気がさらに重たくなった。
「な、なあ。クレマン…あのイヴォンが死んだんだろ?SSだぞ。あいつが殺されたってのに、俺達が簡単に逃げられる訳がないよ。Sクラスでもこのザマなんだ。未熟すぎる」
「…なら、ここでくたばってろ。オレは、タパニを連れて逃げる。こんな危険なところにいつまでもこいつをいさせられるかよ!」
怒りと恐怖でみんなおかしくなっていた。
僕も逃げたいと思いつつ、現実はそんな甘くなくて捕まって逃げられないだろうというのが分かって動けなかった。
制限時間もいつの間にか過ぎていた。
部屋にいたのはたったの五人だった。
こちらの部屋に誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「お迎えか…」
「俺達しか残ってないってことは、強制入隊だな。」
『うん。僕はもう決まってるらしい…。』
「嘘…だろ…。」
絶望が部屋を埋めた。
ゆっくりとドアが開かれ、上官が入ってきた。
「これより、名前を呼ぶ者は合格者として本部へ入隊してもらう。」
部屋にいる五人を見渡して、これだけかとでも言いたげな表情だった。
「 アンリ=ジョルジュ、 ルイ=エクトル、 マテュー=フレデリク、クレマン=シャルル、タパニ=ブローニュ…イヴォン=ユーグ。以上六名。7日後入隊式だ。それまで寮内で傷を癒せ。」
イヴォンの名前が何故か呼ばれた。
「待ってください!今、イヴォンの名があったように思いますが…彼は死んだのでは?ここにはいません。」
上官は妙なものでも見るような表情をした。
「タパニの話だと貫かれたと聞きましたが。」
「面倒な奴らだな。どうしてあいつに拘るのか理解できない。そのタパニにも言ったはずだ。扉が開いた時は息をしていた。動いていた。だから合格だと。もういいか?」
『はい…。』
「解散。好きに時間を過ごせ。」
そういうと上官は出て行った。
各自それぞれ部屋を出ていき、僕とクレマンが残った。
「オレ、あいつの名前呼ばれた時、もしかして生きてるのかって思った。重症でここにいないけど、別なところにいるんじゃないかって。もしかしたら、ドアの向こうにいるんじゃないかって。でも…やっぱり…。」
僕もクレマンと同じ事を、思っていた。
もしかしたら、もしかしたらと。
『ただの悪夢なら良かったのに…入学した時からの長い夢にうなされているだけなら。』
「それならどんなにいいだろうな。…出ようか。今日は真っ直ぐ寮に戻ろう。」
僕がドアを開けようとすると、外側のほうから先に開いた。
「まだいるか?」
その声はイヴォンのだった。
幻聴かと思いつつ、ドアを全開にして確かめた。
『イヴォン!』
目の前にはしっかり立っているイヴォンがいた。
「本物か?」
「その声は…クレマン?生き残ったのか。…約束通り、タパニを無傷であんたに返した。まだ文句あるか?」
この先輩を先輩と思わない生意気具合は本物のイヴォンだ。
『良かった!生きてたんだね!』
「ぁあ?俺を勝手に殺すな。自分の放った力を敵に利用されて死ぬなんてかっこ悪ぃことするかよ。俺はソワンの力も使うことができる。自己回復なんて基礎だ。できて当たり前のことをしない訳がないだろ。」
『良かったぁ!良かったぁ…!』
「おい…。」
イヴォンを抱きしめた。傷がちゃんと塞がっているのが分かる。体温も感じる。ちゃんと鼓動も聞こえる。
「それなら回復に時間がかかって、いままで来れなかったのか?」
『貫通してたもんね。』
「自分の回復にそんな時間はかからなかった。試験会場から出ようと思ったらあのクソ上官に捕まって、まだ生きてる受験生たちを回復させろとか、言いやがってそれを下の学年のやつらとやってたらさすがに疲れて、寝てた。」
「は?」
『そういえば、そういうの昔あったね!』
「待て待て、それって、上官はあなたがソワンを使えるって知ってるってことか?」
「あの人には、同時回復もさせる事ができるって、ここに連れて来られた時からバレてるよ。だから、タパニに回復させる事をしないで、俺を放置して勝手に出てくるのを待ったんだろうな。ここは趣味の悪いおっさんばかりだ。あの頃にいた連中と変わらねえ…。」
イヴォンは悲しそうな表情で遠くを見ているようだった。
『あ、これから、寮に戻るところなんだけど、イヴォンはどうするの?』
「お前ら律儀に従うのか。7日後、大人しく本部に入隊するのかよ。俺はもうここに繋がれて、決められた範囲しか動けない犬の生活は嫌だな。」
確かに僕らは政府の飼い犬みたいな扱いだ。
『じゃあ、どこに行くって言うの?』
「俺の昔いた、外に行く。一度飼われた犬が、また野良に戻ったら、死にに行くような事かもしれねえけど。悪徳業者に虐待されながら売られる飼い犬やってるより、野良のほうがよっぽどいい。どうせ飼われるなら優しい人に拾われたかったな。まあ、普通は狂犬拾おうなんて考えねえよな。俺ならもっと大人しいやつ拾うわ。」
イヴォンぐらいの力がある人なら、どこで行ってもやっていけるんだろうなと思った。僕も彼のように強ければ、逃げようと思った時に逃げられたのかもしれない。
「なあ、タパニ。一緒にここから出ないか?俺はこの試験が終わればここから解放してもらえる事になっていたんだが、どうもその気がないらしい。でも、俺はこれ以上ここにいるつもりはねえし、タパニにだったら飼われたい。もう少しの間だけでもいいから、お前の傍にいさせてくれないか。」
「なんで妙に告白ちっくなんだ…。でも、タパニをここから出してくれる人がイヴォンさんなら、どうか外に連れ出してやってほしい。あんな酷い密室からタパニを無傷で返してくれた男なら、きっと外に出してくれるだろうし、最後まで守ってくれそうだ。タパニには忠犬みたいだしな。」
『クレマンはどうするの?』
「オレが一緒に行ってどうするんだよ。上官達を少しの時間でも足止めする奴が残ってないとまずいだろう。」
『…イヴォンなら足手まといが二人くらい大丈夫だよね?』
「ああ。問題ない。」
『ほら、イヴォンだってこう言ってるし、逃げるなら三人で行こうよ!』
「ダメだよ。タパニ。きっと本部はいなくなった人を探し続けると思う。だから、内部から混乱させたほうが確実だよ。
オレは、政府の言いなりにはならない。それに、オレはタパニが元気でいてくれればそれでいい。オレもタパニの忠犬なんだ。忠犬の生涯を全うさせてくれないか?」
クレマンはここに来た時からずっと僕を守ってくれていた。僕は彼になにもしてあげることができていないのに。
「彼の言う通りにしてあげないか?」
『でも、僕…そこまでしてもらうほど何もしてないよ…。』
「してくれたよ。世話好きな俺を、お節介で面倒な奴とは思わないで、ずっと傍にいてくれた。それだけでオレは嬉しい。だから最後までオレに世話をさせてくれないか。」
『分かった。クレマンがそういうなら僕は、イヴォンと一緒に行く。約束したし…目になるって。』
「行くなら来い。早いほうがいい。」
『うん。…行ってきます。』
「行ってらっしゃい。」

用語解説とあとがき


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修理屋リュシヘル [小説]

*主と時針
時針は主体である人間がその生(いのち)を終えると、何も主からの願いが無ければ、主と共にその生を終える。
しかし、主からなんらかの願いがあるならば、時針は必ずその願いを聞き、それを叶える。
それが時針という種に与えられた本能(シゴト)だからだ。

*リュシヘルが叶えた願い
私の主殿はとても孫想いの方だった。
最期の最後まで、孫の奏様を気遣っていた。

私は主殿と共に眠りにつき、生涯を終えるつもりで静かにその時を待っていた。
だが、主殿は私に最期の願いを叶えて欲しいと言った。
私の本能がそれは絶対的だと判断する。
『その願い、必ず私が叶える。どんなものでもいくつでも構わない。』
「ありがとう....ニヴァ。でも願いはひとつに決めているんだ。」
『ひとつだけ....?』
「奏の事だ。あの子はシャボン玉のように鮮やかで綺麗だが、とても繊細で傷つきやすい。支えているガレットも傷だらけとなり、壊れてしまう事があるだろう。だから、二人の支えとして、修理屋になってほしい。」
『私に奏様の心に入ってくれという事か。』
血の繋がりがあれど、時針として他の主体に移る事はできない。
しかし、別の種族の修理屋に上手く転じる事ができれば、それは可能だった。
それは、人でいう転生ではなく転職に近い。
「頼めるか?」
『ああ。』
「だが、ニヴァとは名乗らないで欲しい。やはりこれは願いが二つになってしまうのかね?すまない。」
主殿は弱々しく私に問いかけた。
『否。主殿。主殿がひとつだけというのならば、それはひとつの願いだ。しかし、私からもひとつだけ願いを言ってもいいか?』
「なんだ?私にできる限りでニヴァの願いならなんでも聞く。」
『名前をくれないか?主殿のくれた名前を名乗り、奏様を支えたい。』
私は主殿との繋がりを求めた。
「そうだな....ニヴァはとても容姿が美しいから、それに相応しい名がいいだろう。」
『この身体は主殿の性格を具現化させたものだから。』
時針の姿は人の心を具現化させたものであり、常に同じというわけでもない。
人の心は身体と共に成長をするからだ。

主殿は私に命名するために、しばらく考えこんでいた。
「....リュシヘル....というのはどうだろうか?」
『リュシヘル....昔、主殿が気に入って読んでいた本に出てきた人の名....その人は私も好きだ。』
主殿が学生の頃より気に入って、何度も読んでいた小説を思い出した。
それがきっかけとなったのか、昔のさまざまな記憶が蘇ってきて懐かしく思え、まぶたを閉じて主殿が呼ぶのを待った。
「リュシヘル。」
『ん?』
「奏を頼む。」
『その願い確かに聞いた。』
そう私が言うと、安心したように主殿はその生を終えた。
それと同時に私の身体はカタチを失くした。
それは、他の種族に移るためのひとつの段階だ。

*時針から修理屋へ
私は主殿を失い、長いように思える短い時を、聴き慣れた音も感触も景色も、何もない吸い込まれそうな、ただひたすらに黒く暗い空間で、人のカタチをとれないままにその時を待っていた。
あの音が、声が、聴こえるまで....。

時計にヒビが入る音が次第に大きくなり、私の中に伝わってくるようになった。時針の苦しむ声が、その主体である人間の叫びが聞こえてくる。
その声の主に問いかける。
『痛いか?苦しいか?逃げたいか?』
「助けて....」
私は気持ちが高揚するのを抑えつつ、その声に願う。
『もっと願ってください。奏様。私はここにいる。準備はできている。後は奏様が私を呼ぶだけ。私はここ。名はリュシヘル。さあ、呼んでください。』
「助けて!修理屋(リュシヘル)!」
『御意。』
その声に私は従うことができる。
修理屋になるには誰かに願ってもらわねばならない。
元主に転種することを願われ、カタチを失くしても、ずっと願われることなく、元主の願いをいつか叶えるためにと、さ迷っている者も多くいる。
主によっては、時針にひたすらに生きて欲しいという願いを叶えて欲しいがために転種することを願う方がいる。
しかし、願われることなく数百年もさ迷えば、それは邪気となり、時針と主を隔てる壁となる。
『奏様ならば、呼んでくださると思っておりました....。』
私は人に似た姿で修理屋として、奏様の心の空間へと移動した。

*過去の名
奏様の壊れた時計とガレットを修理し終えると、奏様が近づいてきた。
「ありがとう。リュシヘル....いや、ニヴァ。」
私は一瞬そのまま応えようとしたが、前の名で呼ばれた事に気がつき驚いた。
私は奏様に、ニヴァであった事を悟られないように演技をして上手くいっているはずだと思っていた。
主殿が私の名前を変えたのは、奏様に悟られないようにという願いも含まれていたと解釈したためそのようにしていた。
しかし、私自身の隠しきれない性格と口調が災いした。
計算外というやつだ。
己に自惚れたせいだ。
奏様は興味津々に、なぜ私がここにいるのか聞き出そうとする。
昔から変わらない姿を愛おしく感じ、頭を撫でた。
奏様は不思議そうに私を見つめてきた。
『奏様…。』
名前を呼ばれ、何か話してくれるのかという期待の眼差しが私に向けられたが自らの意思でこちら側へ来るなら、まったくとは言えないものの、体への負担は少ないのだが、奏様はこの時無意識で心の中へ来ているため、体への負担が心配だった。
主の体の負担は心にも影響しかねる。せっかく修理したガレットにも負担になりかねないことなのだ。
『 細かい事は気にしねーことだ。後々分かる時がくる。もう目を覚ませ。』
奏様の目を私は手のひらで覆い、そっと瞼を閉じるように促した。
『おやすみなさいませ....。』
奏様の姿はスーッと消えていった。
とても純粋な方で良かったと安堵した。
その様子を静かに見守っていたガレットが私に話しかけきた。
「願いを叶えたのですね。」
『........。』
私はすぐに返事を返さなかった。
確かに主殿の願いは、修理屋となり奏様を支えて欲しいというもので、一応、叶えた事となる。
「危険な願い。主様が呼ばなければどうしていたのです?ニヴァ。」
『....今はリュシヘルだ。』
わざとらしく昔の名を呼ぶガレットに少し苛つきながら、指摘した。
「そうでしたね。リュシヘル。」
面白がるように名前を訂正された。
『私は主殿を信じている。主殿は奏様を信じている。ガレットもそうではないのか?己の身を削ってでも守ろうとしたではないか。』
ガレットは表情を変え、不安そうな目で私を見た。
忙しい奴だ。
「....だが、それは....奏様を傷つけてしまう事だった。わたしは時針であり続ける自信が今はない。実はリュシヘルのようでありたいと思っていたが、歯車は錆び付き、噛み合わう事はなく、外れてしまった。」
ポツリポツリと私に、弱音を吐いた。
私はあまり他人を励ますというのは得意ではないのだが…。
『失敗は成功のもと。主殿に教わった言葉だ。今回の事は次に活かせばいい。私もそうしてきた。最初から上手くいくというのはなかなかに珍しい事だ。気を落とすなとは言わない。しかし、自信は失うな。時針が主を放っている場合ではない。時期に奏様の目が覚める。その時、誰も支えなければどうなる。私は呼ばれなければここには来れない。しかし、ガレットは常にいることができる。違うか?』
こう話している間にも、私の人のカタチは失われていく。
「そうか…リュシヘル。ありがとう。」
ガレットの表情は、不安気なものから、自信を取り戻した生き生きとしたものに変わっていた。
ガレットの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、幼い子どものような無邪気な笑顔を私に向けた。

私の存在はその後、何もない空間へと引き戻された。

*覚悟
主を亡くしながらも生きる時針は相当の覚悟が必要だ。
何もない空間で己を保ち続けなければならない。
己を保てなくなってしまった時針を何人もこれまでに見た。
私の覚悟は、主殿への忠誠心。
ある者は、それはただの縛りだと言った。
文字盤に絡みつく鎖のようなものだと。
私は、主殿に存在を知られた時に言った言葉がある。
『私は、主殿が望むのならば鎖に封じられてもいい。』と。
そう言った時、主殿は本当に私を鎖で封じた。
「こうしてもいいって事なのだろう?変わっているなお前。でも、生憎私はそういう趣味はないからもう二度とお前を封じる事などないだろう。」
主殿は緩い鎖の封を解除し苦笑混じりに私に答えた。
『私はそういう覚悟もできているという意味で言ったのだが…』
その時はただの言葉のアヤで言ったつもりだったのだ。
「二ヴァ、自分に嘘をついてはいけないよ。」
『嘘?嘘など私は言ってないぞ。』
「いや、二ヴァは嘘つきだ。」
『どうしてそう言える?意味が私には分からない…。』
主殿は私の疑問に答えてくれる事はなかった。
だが、私は今になって嘘の意味を理解した。
あの時、私に覚悟など無かったのだ。
抵抗はしなかったものの鎖に実際に封じられた時、どんなに不安気な表情を私はしていたのだろうか。
どんなに恐怖に満ちた顔を主殿に見せたのだろうか。
体が震えていたのかもしれない。
涙を目に溜めていたのかもしれない。
覚悟があるならばそのような表情などしないだろう。
『主殿…嘘つきで申し訳ない…。でも、もう少しだけ私は私に嘘をついてもいいだろうか?
私は、寂しくない。
私は、修理屋のリュシヘルとして、主殿の忠誠のため生き続ける覚悟がある。』
実体のない私は、人のような姿をこの時していればどんな表情で言ったのだろうか?
どれだけ体を恐怖させながら言ったのだろうか?
主殿が側にいたらまた苦笑混じりで嘘つきと言うのだろうか?
あの優しい声とあの男らしくたくましい腕で私を包みこんでくれたのだろうか?
『できることならば、独りになどなりたくはなかった。
こうなるのであれば、本能(シゴト)など無視してでも共に終わりたかった。こんなに恐ろしい空間だとは思ってなどいなかった。』
後悔に包まれていく私の周りの空間は嫌な音を立て歪んでいく。このままだと邪気と成り下がってしまうと分かりながらも後悔と不安は止まらない。
『奏様…もう私は必要ないのか?あれからどれだけ経っている?どうしてあれから私を呼ばない?疑問だったのではないのか?聞きたいとは思わないのか?それとも、まだ一時間も経っていないのか?』
時間の感覚を失った私はきっと面倒な性格になってしまった。
『寒い。』
暖かさや寒さなど感じることなど実体が無いのだから、感じるはずはない。
「リュシヘル。どうしてそんなに怯えているの?どうして声を聞いてくれないの?聞こえたら返事をしてよ。寒いのならおいで。こっちは暖かいんだ。そっちの水は苦いでしょ?こっちの水は蜜のように甘いんだ。さあ、おいで。」
誰かが私を呼んでいる。
何も聞こえなかったのに、少しずつ聞こうとすると、声がハッキリとしてくる。
「リュシヘル。おいで。」
『ただいま、参ります。』
徐々に実体を成しつつ 声のする方へと吸い寄せられていく。

✽修理屋リュシヘル
声の主は奏様だった。
『お呼びで?』
「来るのが遅い。何度も呼んでるのに。」
人の成長はとても速い。
『自らの意志でこちらに来られるようになっているとは…』
「なかなか、呼んでも呼んでも来てくれないから、ガレットに手伝ってもらいながら覚えたんだよ。」
奏様はずっと私を必要としていたようだ。声を、音を閉ざしていたのは私自身だったようだ。
『成長を見守っていただけだ。ちゃんと聞こえていた。』
「嘘つき。じゃあ、どうしてそんなに安心したように泣いているの?恐怖に怯えていたところから出て来られたからなんじゃないの?違う?」
さすがと言うべきなのだろうか?
主殿のお孫様だ。私のことを分かっている。
「まったく…リュシヘル、頼みがあるんだ。文字盤にヒビが入った。直してほしい。」
奏様は空間からヒビが入った文字盤を出現させ、私に渡した。
『また、大胆に…どうしたらこんなヒドいことに…。時間がかかりそうだ。奏様は一旦戻ったほうがいい。』
「誰のせいでこうなったと思うんだよ。」
『なぜ、私を見る?』
奏様に代わり、ガレットが私の疑問に答えた。
「主様はどうしたら、リュシヘルを主様の中に留めることができるのか、それはリュシヘルのためになるのか、祖父の意向に背くのではないかなどさまざまな貴方の事について、長年考え、今回の答えに辿り着くまでに長い時をかけられ、その間に傷がついたのです。ヒビが入ることは、その思いがさまざまな葛藤をした跡ですから。」
渡された文字盤の裏の文字を見ると、リュシヘルとあった。
文字盤の裏には、なんの文字盤なのか時針と主が管理できるように文字が記されているのだ。
『奏様…。』
「そういうことだから、このヒビの責任をとってもらうために、僕の心の中に僕が死ぬまで留まってもらうから。」
修理屋として依頼された事はそれを果たすまで、呼び出した主のところに実体を解く事ができないため、留まらなければいけなくなる。
『修理屋の事どこまで知ってる?』
「どこまでだろうね。依頼が完了したら教えてあげるよ。」
奏様はイタズラっぽい笑顔で私にそう言った。
『まあ、いい…。私は依頼を受けこなすだけだからな。』
私はどんなに緩い表情をしただろうか。
「もう少し素直ならいいのになー。あ、これ依頼にしていい?」
『追加料金いただきます。』
「料金制とは聞いたことがありませんが?リュシヘル。」
『そこは黙っておけ。ガレット。』
楽しい会話は久しぶりだ。


☪✧*°。˚✩。 あとがき。˚✩。˚*✧☪
今回は二ヴァ…リュシヘル視点で書いてみました。
虚勢を張って時分の弱さから逃げているって事は、
経験ある方多いのではないでしょうか?
自分の弱さと向きあうのは、コワイものです。
時には誰かの助けも必要な時もあります。
リュシヘルには奏がいました。
もし奏がいなければ、闇に呑まれていたでしょう。
自分から声を閉ざしてしまわないようにしたいですね。

では、また次回…。
ここまで読んでくださった方に感謝を。

No name [小説]


No Nameは、そのまま「名前が無い」という意味だ。
俺の住んでいる国には、国はもちろん町にも人にも、名前というものが存在しない。
その代わり、Numberがある。一つひとつ、一人ひとり…固有の数字があてられている。
ただ、食べ物や物には名前があった。
国のNumberは「000000」(ゼロシックス)ここから数字は増えていく。
同じNumberは使う事も、名乗る事もできないシステムになっている。
俺のNumberは無い。というより、無くなったのだ。元はNo.015862。
本来、Numberが無くなる事は有り得ない。国民にとって、Numberは名前だからだ。
俺のNumberが、無くなったのは生まれてすぐらしい。
無くなった原因は双子の弟と自身の身体。
Numberは人の場合、十歳まで生きられると保証がある者のみ。
俺はNo.015862として産まれたが、泣き声が弱々しく、心臓の動きも鈍かった。
だが弟は力強く泣き、健康そのものだった。No.015862は、弟のNumberになった。そう、俺は命の保証がされなかったのだ。
だが、俺は今十八歳。基準の八歳以上生きてしまった。
逆に、弟は十歳になる前に亡くなった。
この国のシステムを知らない外国人は俺に、
「弟のNumberを取り返せばいいじゃないか。十歳になってなかったし、居ないのだから」
....と言う。でもそれはできない。
十歳まで生きられなかったとしても、一度保証され与えられたNumberは、その人のもの。身内であっても、名乗ることは許されない。

俺は同じくNumberが無い人が、この国にどのくらいいるのか知りたいと思い、旅をしている。
そんな事をして、どうするつもりかと聞かれた事がある。でも、その質問にはっきりとした答えを今までに返せていない。俺も分からないのだ。見つけたところでどうしたいのかなんて…国に訴えるつもりも無いし、同情を求めているのでも無い…ただ単に、見つけたいってだけの軽い気持ちでも無いのだ。
そんな俺に通り名がいつの間にか付いた。
「NoNameーNoNumber」
Numberも、もちろんNameも無い。だから、ノーネーム・ノーナンバーらしい。でも、それだと長いと、多くの人達は「NoName」と言っていた。
行く町毎に、町民からそう呼ばれ、
「NoNameはこの町にはいない。次にさっさと行ってくれ」
と言われる。
どうやら俺は、招かざる客らしく捜すに捜せない。
何故なのかは、快く家に泊めてくれた老夫婦が教えてくれた。
『俺なんかを泊めて、大丈夫ですか?NoNameの噂は聞いているでしょうに。』
「若人よ。ワシ達の事は気にしないでください。噂は噂です。真実かは、わかりません。」
老夫婦は、噂に頼らない方で真実は自分の体で確かめるそうだ。
『あの…実は俺、噂の内容は知らないのです。ただ、嫌われ者だという事は、感じられます。』
「内容を知りたいのですか?」
老夫婦は、細かいところまで教えてくれた。
その噂は、俺と同じく名前もNumberも無い旅人と俺がごちゃごちゃになって伝わっていたのだ。俺はそこで、この国に名前もNumberも無い人がいると知り、嬉しかったのだが、気に入らないところもあった。
もう一人のNoNameは、Numberを持たない人を見つけるためには手段を選ばず旅をし、町を荒らし回るそうだ。
いったい、荒らしてまで捜してどうしたいのだろうか?
『もう一人のNoNameはこの町には、来ていませんよね。』
「ああ。もしや、若人よ。待ち伏せし、会うつもりか!」
『俺は会って話しがしたいのです。』
この町で少し留まっていれば、もしかしたら会える可能性があると、俺は考えた。
「それは、止めたほうがいい。....自らNoNameと名乗るのも、控えたほうがいい。」
もう一人のNoNameは危険な人なのは分かっているが、荒らすのを止めさせるためにも一度会いたいのだ。
「気性の荒いNoNameは、国に追われている身だ。」
『手配中か…だが、NoNameを生んだのは、元をたどれば国ではないか!』
声を荒げるつもりは無かったが、つい感情をぶつけてしまった。
「今日はもう休んで、明日また考えてはどうですか?」
『取り乱して申し訳ありません…。今日はそうさせてもらいます…。』
俺は老夫婦が用意してくれた部屋で休ませてもらった。

明け方、町が妙に騒がしいので目が覚め、上着を着て老夫婦を起こさぬよう家を出てみた。すると、道の中央で大人に囲まれた二人の子供を見つけた。
寄って行ってみると、俺を避けるように大人達は道を開けたため、スムーズに子供達に近づけた。その場は一気に静まり返った。今まで騒いでいた大人達は俺と子供達を物珍し気に見ていた。
子供の一人は酷く怯え、今にも泣き出しそうだ。
もう一人は、その子を庇うかのように前に立ち、俺を睨み、右手を突き出して威嚇していた。
『俺は別に危害を加えるつもりは無いんだが。その手は何だ。俺は何もしてないぞ。』
睨んだままの子供は口を動かした。
「あんた…NoName?荒らしのNoNameか?」
『確かに、俺はNoNameーNoNumberだが、荒らし回る事はしていない。逆に俺はそいつに会い、荒らし行為を止めさせたいと思っている。』
「…お兄さんも、旅してる?」
怯えたほうの子供が聞いてきた。『ああ。NoNumberの人が他にいないか捜しながらな。お前達も旅を?』
「そうだ。僕達もNoNumberの人を捜しながら旅してるんだ。」
「僕達もNoNameーNoNumberだから…。お兄さん、仲間だね。」
『っ!!』
こんな小さい子供までがNoNameとは…見た目は十歳くらいだ。同じ顔してるし、双子だろうか?しかし、危険だ。さっきも大人達に囲まれていたし…今後旅を続けるのは、この子供達には厳しいだろう。荒らしのNoNameに見つかっても危険だろう…。
『ちょっと来い。』
二人の手を引き、俺は歩き出した。大人達は目で追っていた。
「何だよ!どこ行くんだよ!離せよ!」
「お兄さん!?僕達をどこに連れてくの?売るの?」
『人聞き悪い事言わないでくれるか?』
売るって…そんな事する訳がない。きっと、この子達も経験があるのだろう。
「じゃあ、どこ連れてくんだよ!」
『まだ早いんだ、静かにしてくれ。とりあえず、俺が泊まってる家に行く。
そしたら、朝飯をもらおう。』
老夫婦の家に着く前に、旦那に会った。
『明け方に、外に出てどうしたのです?』
「おお…若人よ。無事だったか!」
俺は黙って出て来た事を思い出した。
『旦那、俺なんか心配しなくても…本当に出る時は挨拶しますから。
それより、この子達に何か食べ物をくれませんか?』
「おお…なんと。さあ、入りなさい。好きなものはあげられんかもしれないが、腹の足しにはなるものをあげよう。」
中では、奥さんが心配そうに待っていた。俺の顔を見ると泣きながら抱きしめられた。
『ご心配をおかけいたしました。』
「今日の朝は賑やかになるぞ。若人が子供を連れて来たのだ。」
「これは、これは。いらっしゃい。ご飯はまだ?沢山作るから待っていておくれ。」
『俺のは気にせず。この子達に。』
「駄目ですよ。旅人さん、ちゃんと食べなくては。」
『あっ…はい。…そうだ、旦那!』
「どうしたのです?」
『ちょっと話しが。』
俺と旦那と子供達が居間に集まった。
『この子達も、俺と同じNoNameらしいのです。嘘でなければ。』
子供達を見ると、兄と思われるほうに、遠慮無く睨まれた。
『睨むなよ…小さいくせに。』
今度は、一発蹴られた。
「01…お、お兄ちゃん!蹴っちゃ駄目だよ…」
やっぱり、目つき悪いのが兄か。弟は相変わらず、怯えているようだ。兄の上着の裾をぎゅっと掴んで、離そうとしない。
「でも、こいつ…自分だってNoNameのくせに…!!」
『落ち着け。』
「若人よ。この子供達をどうするつもりか。」
『見ての通り、二人だけで旅をしてるそうなんだが、危険過ぎると…』
「お前さんだって、若いではないか。しかも一人で旅を…」
『俺は!…』
記憶が少し蘇った。俺もこのくらいで弟と旅に出たのだ。
家計が苦しく、親に見放された俺に無言で付いて来てしまった弟を家に帰してやる事ができず、生きるためにも旅をした。
そうだ、俺がNoNameを捜し始めたのはこの頃だ。同じ境遇であれば、二人とも助けてくれるのではないかと、そう思っていたのだった。弟は、いくつか町を過ぎる度、体が弱い俺を庇うため自分の体が病にかかった事を隠したために弱っていき、十歳になる前に死んだのだ。
『俺は、生かされてる。旅は続ける。だが、この子達の旅は止めさせたいのです。』
「そうか…。」
「ちょっと待て!勝手なこと言うなよ!僕達だって…」 「015…お兄ちゃん…。」
『死にたくは無いだろ。NoNameに会えたって、命の保証はされないんだよ…。』
「ワシ達が、面倒を見よう。」
『すまない....。そういう事だ。二人は、ここでしばらく世話になれ。』
「嫌だ!!黙ってちゃ、兄ちゃんのNumberはいつまで経っても!!」
兄のほうが、弟を指を指して、兄ちゃんって…本当は逆なのか?
「015862!!あっ…!」
『何!?』
まさか、こいつら…
『お前、本当に015862なのか?』
「えっ!?あっわっ…」
『正直に答えてくれ。二人は双子で、本当はこっちの目つき悪いのが弟で、No.015862。んで、怯えてるのだけがNoNameか?』
「お前、何者だ?!何で…」
「何で、お兄さん…知ってるの?」
この反応は、本当だろう。しかし、こんな事…昔の俺と弟だなんて事が。
『今、何歳だ?』
「「…七歳…」」
あと二年…。
『No.015862。調子悪いとこ無いか?』
「だから、何なんだよ!!」
警戒させてしまった。警戒心を解くためにも、やっぱり話したほうがいいだろう…。
『俺にも双子の弟がいたんだ。死んでしまったけど…。』
これは言わなくて良かったか。
『俺にNumberは無いが、弟にはあった。そのNumberは015862。』
「若人よ。まさか、この二人が昔のお前とは言わんよの?」
俺も子供達も黙り込んだ。
そんな時、奥さんが料理を持って入ってきた。
「話しはまとまりましたか?」
「いや、時空間を越えたよ。」
「え?」
旦那…それだけだと伝わりませんよ?いや、もともと伝わりにくい話しなんだが…。
「なあ、俺死ぬのか?どうやって死ぬんだ?兄ちゃんは、発作とか起きなくなるのか?
一人で寂しい思いをしないで…兄ちゃんは....」
弟が必死になっているのを見てると、思わず抱きしめた。
『大丈夫…大丈夫。俺の体は心配しなくても、この通り生きてる。でも、病を隠してまで俺を庇わないでくれ。あの頃の俺は気弱で何も言えなかったけど…自分を犠牲にしてまで庇われるのは、見てて辛いんだ。自分を大切にしてくれ!長生きしてくれ!寂しいよ…。いなくならないで…お願いだ!!』
双子も俺も泣いていた。
だが、双子は今にも消えてしまいそうに、見たことの無い光に包まれていた。すると昔の俺は、瞬いた瞬間本当に消えてしまった。
弟のほうに視線を戻すと、俺くらいの歳に成長した姿があった。
『えっ?』
「有り難う。ごめんな。兄ちゃんをずっと守っていたかった…。嬉しかった。」
そういうと、弟も瞬き消えてしまった。
『行かないで…一人にしないで…寂しいって言ったのに!なんで…置いて行くんだよ!』
老夫婦が、泣き狂う俺を抱きしめた。
「弟さんは、本当に死んだのかい?」
『何言ってるんです?』
VirtualWorld.」
バーチャルワールド?旦那は何を言ってるんだ?
老夫婦は俺から離れて、説明してくれた。
「この町の別名だよ。」
『バーチャルワールドって言うのか?』
「ああ。この町の住人は、半分がコンピューターで作られてる。
しかし、別な所で生きている者がVirtual化する。」
Virtualは仮想…その人がいたら、ここではこんな暮らしをしているだろうというものらしい。
「まあ、ごくたまに思いが強い人が来ると、その思いが実質的なものになるらしいが。」
『では、もしかすると弟は生きている可能性があるが、俺の思念が強くてVirtualとして、現れただけと…。』
俺の旅する目的が増えた。NoName捜しと、生きているかもしれない弟捜しだ。
用意してくれた朝飯を食べ、老夫婦にお礼を言い、
「000017」・VirtualーWorldを出発した。
次の町、「000024」を目指し歩いた。

次の町までは、地図で見ると結構遠い。着くまでは町と町を結ぶ道を進むしかない。その道には何も無い。木も草花も生き物も、人すらあまり通らないのだ。
唯一その道を通るのは、迷子か旅人のみ。他の人やモノの移動は、別なルートでされる。
何も無い空間をただ今日どうするかだけ考えて歩いていると、遠くに人影が見えた。
影の形で姿を確認する限り、迷子ではなさそうだ。
結構しっかりした装備で足取りも軽く、目的地に向かっているようでこちらを襲ってくる様子も無い。
『気にする事は無いな。』
俺は地図を見ながら歩いた。
『次には、二日くらいで着くだろう。』
地図を仕舞い、前を見ると目の前に人が立っていた。
『うわっ!!』
思わず声をあげ、後ずさりしてしまった。相手はフードを深くかぶっていて、口しか見えず、不気味な笑みを浮かべていた。


何も無い道で俺の大分前を歩いていたはずの旅人が、地図から前に視線を戻した瞬間、目の前で不気味な笑みを浮かべ立っていた。
『何用だ?』
旅人は不気味な笑みを浮かべたまま、何も答えない。
『何が目的だ?金めのモノは、生憎持っていないぞ。』
旅人は、答える代わりにフードを脱いだ。前髪が長く片目しか俺には見えないが、恐ろしく感じた。
瞳の色がどす黒く、光りが全く無い。
『人間か?』
「フフフ…失礼ですね。俺は人ですよ。あなたと同じ。」
どこが同じだ?一緒にされたくは無い。こんな邪気の塊みたいな奴と。
やっと口を開いた旅人は、どうやら人であれば、男性のようだ。
顔は女性のようだが、声が低くどすが利いていた。
「元No.015862で、今はNoNameのあなたと同じと言ったのです。
聞こえましたか?フフフ…」
『なんでそれを!?』
「今言いましたが?」
訳が分からない。いったいどういう事だ?まさか、Virtual!?
「言っておきますが、俺はVirtualなんかじゃありませんよ。加えて、あなたがVirtualWorldで会った、弟は死んでおりません。」
『だから、何で俺の事知ってるんだ!?見てたのか?』
「知ってるんですよ。」
俺を知ってるだと?そんなの、弟ぐらいしか…
「俺は、あなたですから。」
『俺…だと…』
「はい。先程からそう言ってるじゃないですか。」
同じって、同一人物って意味なのか…。
「それとアドバイスをしておきましょう。
そんな、NoNameの捜し方では温いですよ。」
温い…まさか…
『お前が荒らしのNoNameか?』
「俺は荒らしているつもりは無いんですがね。」
『町を荒らしてまでNoNameを捜すのに、何か目的があるのか?』
「弟の為ですよ。」
そういうと、いきなり左手を突き出してきた。ぎりぎりで避けると、その手には短剣が握られていた。刺すつもりだったのか!
「世の中に、俺二人は要りません。消えてもらえませんか?」
俺だって、二人は要らないよ。だからって俺を消す事無いだろう。
だが、抵抗しようにも短剣なんか持っていないうえに護身術しか知らないし、限界がある。
それを知りながら、攻撃してきたのだろう。
『ちょっと待て。』
俺はバックから、老夫婦が持たせてくれた昼飯を出した。
「何をしている!?」
『昼飯出してる。』
「それは、見れば分かる!死ぬ気か?最期の晩餐的なあれか?」
もう一人の俺が、動揺してる。
『縁起悪い事言うなよ。腹が減っては戦は云々って、どっかで聞いた事無いか?
ちょうど、この時間腹減ってんだよ。』
「己の命より飯か!」
『腹減ってないのか?そんな殺気に満ちて血走ってるけど。』
さっきから気になるんだが、影じゃ充装備に見えたが、実際は旅をするような格好をしていない。俺が今短剣を持っていたら、真っ先に腹を狙うだろう。
装備が全くされておらず、がら空きなのだ。
『死にそうだな。』
「腹が減ってか?」
『違います。』
脚に短剣を仕舞い込んでいたようだが、まだ武器を持っていそうだ。脚に装備する前に、服装を変えろと言いたい…首は流石に守っているが、他の部位が弱すぎる。よっぽど、腕に自信があるのだろうか。
『って事で、いただきます。』
「なっ!」
『食いたいの?美味そうだもんな。実際美味いし。』
注意を反らす事ができれば、俺から何かしら攻撃できるはずだ。
(ギュルル~)
『えっ?』
「あっ!」
やっぱ空いてたんだ。まだまだ育ち盛りなんだな。何歳か知らないけど。
『自分の無いの?』
「……。」
無いんだな。
『やろうか?毒入れて。』
毒なんて無いけど。
「毒入ってでもいい。」
いいのか?死にますよ?
『じゃあ、残ったのやるよ。』
俺の嫌いなものしか無いがな。
「これは嫌がらせですか?食べれなくはないのでいいですけど。」
やっぱりいいんだ。
『なあ、何歳なんだ?』
「はひ?」
いや、口に入ってるモノ食べきってからで大丈夫だから。
「んぐっ。二十四。」
六年の間に、何があってこんなんになるんだ?退化してるように見えるんだが。
『そうか。』
「それがどうしたんです?」
『思うんだが、俺が消えたら自身も消えるんじゃないか?』
「知らん。」
そんな!ちゃんと調べてから行動しろよ。もう一人の俺。
「知らないが、王が消せと言うからこんな危ないもの持ってだな…使い方知らないのに…。」
教わってから来いよ。
ああ、だから短剣を左手で持ってたのか。
左足に装備していたら、右手で出すのが普通だと思うんだが…
「ちなみにさっきは咄嗟だったから左手だっただけだからな。」
読まれてるのか?
『王は俺を消したいんじゃなく、俺という存在そのものも消したいんじゃないか?』
「なひ?」
だから、食べ終わってから話そうか。
『王は、俺とお前。両方とも消したいんじゃないかって事。』
「なんひゃりょ!?」
もう、いいや。
『王はどんな奴なんだ?』
「ん~キラキラしてる。」
何が?オーラ的な?
「あと、髪形は弟に似てるけど、性格は真逆ですね。」
ですねって言われても、俺はそんな事を聞きたいんじゃ無いんですよ。
「あとは~弟に弱い。」
『弟いるの?知ら…』
「いや、俺の。」
言葉足りないんだよ!
『王の傍に弟が何でいるんだ?』
「俺の為なんだってさ。」
『意味が分からない…。』
俺の為って何なんだ…俺を消す事が俺の…?ますます分からん。
「ふ~食った食った。さて、やりますか。」
殺りますかって、そんな軽く言うなよ。
『俺、武器無いんだが…。』
「ん~じゃあ、死んだふりでいいよ。
あっ。でも、ここからだと遠いから…近くになったら死んでくれる?」
意味がホントに分からん!!
「王宮に入ったらでいいよ。運ぶの疲れるから。」
『事情が分からないし、死ぬのもふりも御免被る。』
「何で?」
『はー。自由に生きてますね。』
「そんな事無いですよ~。こう見えて俺だって必死に生きています。」
自覚あるんじゃないか。
「まあ、とにかく。早い話しが、王宮に来いって事です。」
勝手に話し進め始めた…。
『何しに行くんですか?』
「王に報告する。そしたら、弟返してくれるんです。」
捕まっているのか?
『何歳の弟を?』
「十八歳のです。今返してもらわないと、意味が無いんですから。」
『は?』
話しが全く見えて来ない。
「時間が無いので、さっさと行きましょう。」
もう一人の俺は、空気を切るように短剣を振った。すると、何も無い空間に扉のようなものが出てきた。
「ここ通ったら、すぐ王宮だから死んだふりしてください。」
『しません。』
「殺さないでいてあげているんですけど…まあ、あんまり往生際悪いと、俺も容赦しませんから。そのつもりで。フフフ…」
もう一人の俺はフードを深く被り、不気味な笑みを浮かべ俺の手を引き、扉の奥へ連れ込んだ。
人格ががらりと変わるせいなのか、恐ろしく感じた。
しばらく暗い道を歩いていると、入ったときとは違う扉が現れた。これを開くと王宮があるのか。
「それじゃあ、死んでください。」
短剣を俺の喉に突き出した。
『断る。』
「まだ、そんな事言うんですか。俺もあまり手荒な真似はしたく無いんですよ。
いい加減分かってください。」
十分手荒なんだが…。
「はー。仕方ありませんね。」
もう一人の俺は、短剣を仕舞った。諦めたのだろうか?
「力抜いてくださいね。」
『は?…うっ!!』
何が起こったんだ?意識が遠退いていく…俺としたことが……
「重そうだな…引きずったら駄目ですかね?弟に怒られますね。」


目が覚めると、豪華絢爛な部屋で寝かされていた。
『俺は…』
「やっと起きましたか。」
体を起こし、声がしたほうに目をやると、
頭の装飾とイヤリングがキラキラと輝いている若い男が立っていた。
隣には俺と同じ顔をした目つきの悪い男がいた。もう一人の俺はどこだ?
「この男があなたのお兄様ですか?No.015862。」
「はい。」
キラキラの隣は弟か。
「兄ちゃん、ごめんね。俺、死に損ねた。」
何言ってんだ?生きているんだから、いいじゃないか。
「俺が死んだら、兄ちゃんにNumberをあげてもいいって、
王が言ったんだけど、毎回死ねないんだ。あいつに邪魔されるんだ。」
『何言ってんだよ。俺は弟が死んでまで、Numberなんか欲しくない。邪魔されて良かったんだよ。』
「生きてても、邪魔なんだよ。こいつ。」
部屋の扉が開き、連れて来られたのはもう一人の俺だった。すごくぐったりしていた。
『何したんだ?』
「何もしていません。」
じゃあ何で、今にも死にそうになってんだよ。
「時空間を越えて動いてるから、酷く疲れるらしいんです。」
『そうなんですか。それで....俺は何の為に連れて来られたんですか?』
「聞いていないんですか?弟様が会いたいとおっしゃったので、自分の過去なら分かるだろうと、時空間を移動して未来のあなたに捜して連れて来てもらったのです。」
やっぱり、もう一人の俺言葉足りて無かったぞ…。
『あの、俺。俺に短剣でやられそうになったんですけど…』
「彼の持ってる短剣は、人を傷付けられないと、自分で言ってましたが。」
何!?俺はまんまと脅しに引っ掛かったって事か?
「いやだな~。俺が人を傷付けるような武器を持ってると思ったんですか?」
俺自身に言われると、腹立つな。
いや待て、確か最初俺を消そうとしなかったか?
「彼、最初あなたを襲って来ませんでした?」
『来ましたけど…。』
「すいません。行かせる前に食事を取らないまま出て行ってしまって、
他の町も大分荒らし回って…私がきちんとした王であれば、もう少し…。」
このキラキラした人が王なのか…って、未来の俺は犬扱いか!?餌与えて無くて本能のまま行動しちゃって~みたいな弁解だったぞ。
「ねーねー。俺、腹減って死にそうなんですけど王様~。」
未来の俺、王様ナメすぎだ!!
「任務は果たしていただきましたし、お腹いっぱい食べたら帰っていいですよ。」
飽きられてんじゃないか!
「では、ごゆっくり二人で話してください。我々は出ますから。」
『あっはい。未来の俺をよろしくお願いします。』
部屋には弟と俺しかいなくなった。
「兄ちゃん!!会いたかった!」
『俺もだ。てっきり、病で亡くしたと思っていたが…こんなに嬉しい事は無い。』
「俺、王に助けられたんだ。おかげで病も完治した。」
『そうか。良かった…。』
「仲良くなったから、兄ちゃんの事を話したんだ。それで俺が死ぬ代わり、兄ちゃんにNumberをあげてもいいようにしてくれって頼んだんだ。」
『馬鹿かお前…。』
思わず口から出てしまった…。
「……。」
『助けてもらった命を捨てるなよ!俺は別にNumberが欲しくて、旅を始めた訳じゃないんだよ。お前と生きていくために、始めたんだよ。それを…生きられるだけ生きろ。自ら終止符を打つな。行くぞ!』
弟の手を引き、部屋を出た。
「兄ちゃん…。」


少し歩いた所に、未来の俺と王がいた。未来の俺は、短剣を取り出し空を斬った。すると扉が現れた。帰るのかと思った瞬間、自身の腹に短剣を突き刺した。
『何してんだよ!!』
隣にいた王が驚いて、棒立ちになった。
「変わっちゃいました…。これでは、帰れません。」
変わった?未来の事だろうか。だからって…
「最期に美味いモノ食べれましたし、弟に会えたから、悔いはありません。」
未来の俺は、さらに短剣を奥に突き刺した。
『止めろ!!』
俺は俺の所に着くと、血に染まった手をそれ以上刺さないように止めた。俺の手まで血に染まっていく。
「生きられないんですよ。どっちにしろ。俺…本当は二十歳で死んでました…。」
未来の俺は、その光の無い瞳で王を見ていた。
『死んでたって何だよ。』
「未来の私と過去の私のせいです。申し訳ございません。」
我に返った王が謝ってる…俺には何が何だか分からない。
『俺には、分からないが自ら命を絶つ事無いだろ!旅をして、何を学んで来たんだよ!』
「…温いって言ったじゃないですか。最期に過去の俺にアドバイスです…逃げて…。
弟の手を決して離さないでください…俺の息の音が消えてから、三十秒以内に王宮を…出な…さい…」
『おいっ!』
未来の俺は、やり遂げた顔で息絶えた。本当に死ぬとは…
「兄ちゃん!!」
弟の呼ぶ声で周りを見渡すと、いつの間にか兵に囲まれていた。咄嗟に息絶えた俺から離れ、体勢を整えて弟の手を強く握り、未来の俺の腹に刺さった短剣を抜き取り、兵と兵の間が少し空いている所から脱出した。
屋敷の出口まで走り抜け、王宮の敷地内からの脱出も成功した。
『あの王は、何を考えているんだ?』
「兄ちゃんを消したいみたいだ。国はNoNameの事を知られたく無いんだ。俺の病を治したのは、兄ちゃんがどこにいるのかを吐かせるためだったんだ。」
NoNameを知られたく無い…本当にそれだけなんだろうか?
『No.015862、服を全部捨てて俺のを着たほうがいい。追跡されては、意味が無いからな。』


王宮から脱出し、弟を俺の服に着替えさせた。
周りに兵士が居ない事を確認し、地図を広げ場所を確認した。
『まだ、王宮に近いな…。』
「その短剣って、王にもらった物なのか?」
『いや、貰ったとは言ってなかった…』
どうしてだろうか。王と未来の俺の言動が妙に引っ掛かる。
「どうした?」
『王以外に、俺らを狙ってる奴がいる気がするんだ。』
未来の俺は最初会った時、俺を消したがっていた。
しかし、王宮では穏やかで王と気さくに話していた。
俺を消そうなんて事もしなかった。
王は過去と未来の自分が悪かったと謝りながら、短剣を突き刺した未来の俺の姿を見ながら泣いていた。
詳しくは分からないが、今現在の王と未来の俺は仲が良く、命を狙い合うような関係では無かっただろう。
しかし、未来の王と未来の俺は何らかの理由で仲が悪く、互いの命が消えればいいと願っている…もしくは、過去の王と未来の俺の仲が悪いのかもしれない。それが無いとしたら、王の背後に王よりも、強い権利をもった何者かが未来の俺と拘わりがあるのかもしれない。
『この短剣…』
短剣を見ると、刃が血で染まったままだった。正確に言うと、血のような液体で染まっていた。
「兄ちゃん、これ何だ?血だろうけど、そうは見えないぞ。それに、時間が経ってるのに固まってない…でも、液体のまま短剣に付いてる。普通なら、流れていくんじゃないか?」
短剣を傾けたり、振ってみたりしていたのだが、流れ落ちる気配が全くない。
『未来の俺は人か?』
未来の俺に対して最初に抱いた疑問が、沸き上がった。
『そういや…瞳が光を全く写していなかったな。どす黒い瞳と不気味な笑み…』
「未来の兄ちゃんは、怖かった。」
弟にまで恐怖を…俺に何があってそんな…
「未来の兄ちゃん、血色悪かったし瞳は濁ってて、会話してるのにキョロキョロしてた。時々、不気味な笑みで意味深な事言うし…」
そうか…光を写さないんじゃなく、瞳は濁ってたんだ。
『見えてなかったんだ!』
「えっ何が?」
『未来の俺は、目が見えてないって事だ。最期に時空間の扉を出したのは帰るためじゃない。腹に深く突き刺す為のものだったんだ。』
「でも…見えてないのに、どうやって兄ちゃんの事見つけたんだ?」
『耳と記憶と情報だろう。派手に町を荒らしたのは、俺にも情報が流れるようにやったとすればいろいろ繋がってくる。』
後の謎は、本来二十歳で死んでいるはずだったって事とこの血だ。
「この血、べっとりしてる…。」
『何触ってるんだ!?変な病にでもかかってたらどうする!』
俺は弟がこれ以上触らないよう、草むらに置いた。すると、置いた場所から徐々に草が枯れていった。
『もはや人の血ではないな。』
不気味な液体は、草をどんどん枯らしていった。
『自身の身体と短剣はボロボロにならないのだな…。』
「兄ちゃん、手!!」
『えっ?』
自分の右手を見ると、血のような液体で染まっていた。
「さっき、未来の兄ちゃんの手を抑えていたからだ。」
いや、違う。確かに抑えていたが、両手だったし、兵士に囲まれて弟の手を掴む前に、咄嗟に服で拭き取ったのだ。
『ナイフか何か持ってるか?』
「小刀なら。何に使うんだ?」
弟から小刀を受け取ると、俺は一度右手の血を拭き、切ってみた。
「自分で右手切ってどうするんだよ!?つーか、痛いよ。」
『見てるからだろ。』
「見てなくても痛い。」
右手を見ていると、当たり前だが血が出て来た。
「…手当できる道具なんか持ってないぞ。」
『俺って人かな?』
「あ?何言ってんだよ。人以外の何がある。」
『俺の血…初めて見たが、人のじゃないみたいだ。未来の俺の血とはまた違うな…。』
この血、あいつと同じだ。
『…そうだ、あいつと同じだ!ああ…ああ…あ゛ー』
「兄ちゃん!?大丈夫か?あいつって誰だ?兄ちゃん!」
あいつと同じだと…俺が?嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!嘘だ嘘だ…違う…俺はあいつとは違うはずだ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…あああ…
「兄ちゃん!!」
『はっ…』
俺とした事が…動揺している…
「大丈夫か?俺がいない間に何があったか知らないけど、怖い思いでも…えっ?」
弟に思わず抱き着いてしまった。怖い恐い怖い…俺のが兄なのに。
「兄ちゃんは兄ちゃんだ。ちゃんと人間だ。双子の弟の俺が言うんだから間違いないよ。今度は離れないから。ずっと、俺が兄ちゃんを守ってやる。」
『…人でなくてもか?』
「人だって言ってんだろ。それに、目にだって、手にだって、足にだって、兄ちゃんのためなら何だってなってやる!」
俺よりしっかりしてる…何やってんだ俺は。
『すまん…。』
右手から液体がドクドクと流れ出している。止まる気配は無い。
「とりあえず、町に行って早く止血しよう。人気が多い所だと、少しは安全だろうからな。」
『ああ。』

俺達は町の賑やかな場所へ行った。
「市場が並んでる所は、やっぱり人と声で賑わってるな。」
『どの町も、市場は同じような環境だ。』
「包帯売ってないかな?」
…ほとんど食品が中心な市場で、医療品を売ってる所なんてあるのだろうか?
「あっ!あった。」
思ったよりは、すんなり見つかった。
早速、弟は店に入って行った。俺も後についていく。
「旦那。これ、くれ。兄ちゃんが怪我してんだ。」
弟は店主とやり取りし始めた。
昔から、弟は店の人や他の大人との交渉が上手い。
逆に俺は、苦手で損するばかりだ。双子なのに、性格はまるで違う。
同じなのは、体型と顔くらいだ。目つきは違うがな。
「兄ちゃん、手出して。やってやるから。」
弟が包帯を持って近づいてきた。
『このくらい、自分でや…』
「俺がやるんだよ!」
『はいはい、分かった。頼むよ。』
手を弟の前にやった。手早く包帯をしてくれたのはいいんだが、
俺の手を無駄に触っているようなのだが…
『何している?もういいだろ。』
「逃げてる時も思ったんだが。」
俺の手がどうかしたのだろうか?
確かに、血は普通じゃなかったが、感触は普通だと思うが…
「兄ちゃんの手って、昔からむちむちしてて、気持ちいいしかわいらしいよな。」
何を言い出すかと思えば。
『全く…お前は…』
「うん?」
昔から、変わらないな。こいつの言動はたまによく分からない。
けれど頼もしい。

俺たちは追われている身、あまり長居してしまうと兵士に見つかってしまう。
『そろそろ行こう。まだ宮から近いとこだ。』
「うん。また一緒に旅が出来るんだな....。大丈夫。もう一人にさせないから。」
『ああ。』

あとがき


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GameOver [小説]

[YouareLifeGameOver.]
「砦斗(さいと)、お前もGameOverだ。」
「何でだ?」
「存在価値が無くなった奴に、答える義理など無い。」
「存在価値って…俺、何も…してないじゃないか。」
「ここにいる必要は無い。砦斗のGameは終わったんだ。嫌と言うならば、それなりの事は…」
「分かりました。消えます。全てと…。」

[夢と現実・繋がり]
「分かんねーよ!」
朝起きると、いきなりでかい声を出してしまった。
「ったく…また、この夢か。GameOverってなんだよ!失礼な。何のGameだか、知らないけどさ。」
部屋のカーテンを開けると、強い朝日が部屋を照らす。
ぼーっとしていると、同じ二階に部屋がある姉ちゃんに、ドアを開けられて、
「砦斗、早くしなさいよ。まったく、とろいんだから!遅刻しても知らないからね。」
とか言われた。しかし、とろい訳じゃない。マイペースなだけだ…と姉ちゃんに口答えする勇気は、俺には無い。
「あれ?砦斗、そのゲーム機何?」
俺の部屋に置いてあった、ゲーム機を指差した。
「これ?昨日、どっかの兄さんに買わされたんだよ。百円でいいって言うからさ。」
「馬鹿じゃないの!?返品してくるか、捨ててきなさいよ。気味悪いわ。」
「何でだよ?まだやってないのに。」
朝から罵声を浴びさせられた。
姉ちゃんは気味悪いって言うけど、どの辺が気味悪いか、俺には分からない。
「もー。いい!あたしが、学校帰って来たら捨てるから。」
「止めてよ。そういう事するの!」
姉ちゃんと揉めていると、下から母さんに呼ばれた。

朝から疲れながらも学校に向かった。
春に俺は、高校二年生なった。姉ちゃんは大学三年生。
行く方向が違うのが幸いだ。
「はー。」
ため息をつきながら、俺はあのゲーム機の事を考えた。
あのゲーム機には、説明書が無かった。画面を見ながら、ボタンを操作するっていうやつで、ゲームプログラムは内蔵されてるらしく、電源を付けるとすぐに始められると、知らない兄さんは言っていた。ゲーム内容は教えてくれなかったけど。
とにかく今日は、姉ちゃんより早く帰って、あのゲームをやってみよう。
学校に着くと、妙に静かだった。
「あれ?遅刻しちゃった?」
慌てて時計を見ると、まだ朝のHR前の時間だ。普段ならまだ、玄関にうじゃうじゃ人がいて、廊下にたむろしている人が多い時間だ。
「何かあるのか?」
教室に向かうと、同じクラスのがり勉君三号こと、中里君がこっちに向かってきた。
「高瀬君!どうなってるんだ!?」
「はい?どうした?中里君。」
「そういうと、高瀬君も知らないんだね。」
「だから、何?どうした?」
「あっえっと…学校に先生も生徒も少人数しか来てないんだ。」
「何で?」
「知らないよ!だから、知ってる人がいないかと思って歩いているんだ。」
いつも冷静な中里君が焦ってる…。そういや、ここに来るまでにほとんど人に会わなかったな…ゲームの事考えながらだったけど、いつも会う人にも会わなかった。
「うちのクラスには、何人来てる?」
「僕と高瀬君含めて…五人。」
俺のクラスは全員で三二人いる。二七人も来てない。異常だ。
「担任は?」
中里君は、首を横に振る。
「取り敢えず、教室行こう。」
教室に入ると、一人の女子生徒しかいなかった。
「あれ?松本さん、他の人は?ここで待っててって、僕言ったのに…」
松本さんは、今にも泣き出しそうになりながら、俺達の所に来た。
「皆…消えちゃった…。」
「消えちゃったってどういう事?ね?」
隣の中里君に同意を求めるように、目を向けるといなくなっていた。
「あれ?聞いた本人、どこ行ったの?」
「な、中里君まで…消えちゃった…。」
「だ、大丈夫だよ。まだ俺がいるし。」
怖くて震えだした松本さんを、抱き寄せた。
実際、俺も怖くなった。異常すぎる。
松本さんを見ると、さっきまで震えていた身体が、抜け殻のようになっていた。
安心して、気が抜けたんだろうか?
「松本さん、大丈夫?」
彼女の身体が微かに動いた。
そして、俺の顔を見上げると真面目な顔になって、話しかけてきた。
「高瀬砦斗。GameStart.」
「えっ!?何?」
俺に預けていた身体を起こし、俺を見つめた。
「松本さん?」
「あなたには、このGameに参加していただきます。」
そう言うと、後ろのドアが開き昨日会った兄さんが入ってきた。
「あらら…やっぱり君も始めちゃったんだ。昨日のGame。」
「俺何もやってませんけど?」
「あれ?言ってなかったっけ?買ってから電源を付けるまで、十五時間くらい放置すると勝手に始まるってさ。」
「聞いてないよ!そんな話!!」
「おっと、お兄さん言い忘れちゃった。あはは…でも、始まっちゃったからクリアしなきゃね。」
「は!?何言ってんだ!そもそもGameって何?恋愛とかそんなのか?」
「まさか、そんな如何わしい物をお兄さんが、純粋な人間達に与える訳無いでしょ。」
如何わしいって…どんなゲーム想像したんですか…あっ
「もしかして、皆が消えたのってお兄さんの仕業!?」
急に嫌な予感がしてきた。
「仕業って…お兄さんはそんな大層なことしてないよ。僕はただのプレイヤーです。」
「言ってる意味が…」
「お兄さんも君と同じって事。僕が通ってた大学、十年くらい前かな?今みたいに皆消えちゃってさ。君と同じように、いきなりGameに参加させられたんだよ。」
十年前?この人まだ十代に見えるけど…それに、人が消えたとなればニュースとかになってるはずだ。
「ねえ、お兄さん。何歳?」
「うん?いきなりだね。十九だよ。若いでしょ。」
「有り得ないよ。だって、十九だったら十年前って言ったら、九歳じゃん。大学行ってないよ。」
「普通に考えるとそうだね。」
お兄さんが優しく微笑んだ。
「飛び級とか?」
「あはは。違うよ。時間が止まってるんだ。本来なら二九なのにな〜。もうすぐ三十路なのに。まったく…。」
お兄さんの表情が曇った…ように感じる。お兄さんは服の襟で口を隠しているし、右目は前髪で見えないし、左目も帽子で隠れていてこちらからは見えない。
「このGameに参加すると、時間が止まるの?」
「そう。だから、制限時間も無い。でも、もしクリアできて元の世界に戻れても、時間は進んでる。」
「それって…」
「昔話の"うらしまたろう"みたいだよね。」
いやいやいや。こんな最悪な昔話、子供泣くって。やりたくたくもないゲームをクリアしたら皆いなくて、自分もいっきに年取って死ぬなんて…ゲームクリアっていうか、GameOverじゃ……!
「気がついたみたいだね。そう、このGameは終わりしか無い。だから、このゲームの名前は、」
お兄さんが黒板を指差した。見るとそこには、"GameOver"と書かれていた。
「早めにクリアすれば、時間はそんなに進んでないよね?」
「さあね?僕にはもう、時間の感覚があんまり無いから分からない。あはは。ごめんね。」
このお兄さん大丈夫か?
「じゃあさ、消えた人達はどこにいるの?」
「プレイヤーとして、存在価値が無いと判断されて、元の本当の世界で生活してるらしい。」
存在価値…あの夢で、何度も聞いた言葉だ。
「ま、案内人に聞いた事だから、信じるか信じないかは任せるけどね。」
「案内人って?」
「そこの松…本さん?みたいに真面目な顔して話してくる人達だよ。ちなみに、この人達はプレイヤーじゃないからただの人形にすぎない。本当の世界では、日常を送ってるよ。」
「まさか、そのプレイヤーってやつこの学校で俺一人じゃないよね?」
「うーん。今回は世界で砦斗君だけみたいだね。」
「何で俺の名前…というか、今回はって何?」
「毎回クリアした人がいた年に、また新たにそのクリアした人の数だけ、プレイヤーが追加されるんだよ。」
何て酷いゲームだ。
「ところで、このゲームの内容を教えてくれませんか?朝深(あさみ)さん。」
あれ?何でお兄さんの名前…。
「じゃあ、立ち話も何だし…家に行こうか。」
「朝深さんの家に、ですか?」
また名前…何でだ?知らないはずなのに…
「行こ。」
お兄さんに手を握られ連れて行かれた。
ここはゲームの世界らしいけど、歩いている道は見覚えのある景色だ。ん?あれ?この道…
「あの…俺の家向かってます?それはなくても、近所とか?」
お兄さんは無言で答えてくれなかった。俺の手を握ったまま、スタスタ歩いた。
「着いたよ。」
表札に高瀬と書いてあった。
「やっぱ、俺の家!」
「僕の家でもあるんだよ。砦斗。」
呼び捨てしてきた…
「入ろ。」
お兄さんがポケットから鍵を出して、玄関を開けた。
マジですか!
お兄さんがリビングに行き、食卓テーブルの席に着いた。
「砦斗が高校二年生ね〜。びっくりだよ。」
「あの、朝深さんはどうして…」
「砦斗のお兄ちゃんだから、当然知ってるし、家の鍵も持ってる。」
えっ!?この人、俺の実の兄!?
「まぁ、僕が消えた時、砦斗は七歳だし…僕は高校の時、寮生活だったから記憶に無いかもね。名前は聞いた事あるでしょ。じゃなかったら、名前出て来ないもんね。」
そういや、記憶が大分薄れてるけど、兄がいたような…
「夕深(ゆうみ)もおっきくなったんだろうな〜。」
「姉ちゃんは大学生だよ。」
「そっかぁ。」
お兄さんは、帽子と上着を脱ぎだした。見たことがある素顔が見えた。俺は確信した。
「朝深兄ちゃん…」
優しい顔に、小さい頃に嗅いだ事のある匂い。
思わず抱き着いた。
「どうしたの?砦斗?」
どうして、最初に気が付かなかったんだろう?この優しい声に…
「砦斗…ゲームの説明どうする?落ち着いてからにしようか?」
もう、ゲームなんかどうでもよくなってきた。でも、こうしている間にも本当の世界の時間は進んでいる。頭の処理能力が結構限界だけど…。
「大丈夫。僕がついてるから。ゆっくり進もう。」

[Gameillustrate.]
俺はいろいろ疲れて寝てしまったようだ。辺りは夕焼け色に染まっていた。
「砦斗ー。入るよー。」
いつの間にか、自分の部屋にいる…リビングにいたはずなのに。
「砦斗、大丈夫?」
声がする方を見ると、姉ちゃんが立っていた。
「あれ?何で姉ちゃんがここにいるの?姉ちゃんもプレイヤーになったの?」
「やっぱり、砦斗頭打ったのかも。あたし、病院連れて行こうか?」
もしかして、夢?それとも…元の世界に戻ってきたのか?知らないうちにクリアしたとか?
「朝深兄ちゃんは?リビングにいる?」
「朝深兄ちゃんなら、さっき珍しく帰って来たわ。何?砦斗帰って来るって知ってたの?」
話しが噛み合わない…
「あたし帰って来たら、リビングで砦斗が倒れてるの見つけて…」
倒れた?俺が?
「兄ちゃん呼んでくるわ。起きたら、砦斗に話したい事あるって言ってたから。」
「うん…。」
どうやら、戻って来たらしい。兄ちゃんも…何もしてないのに。
階段を上がってくる音が聞こえた。
「砦斗、入るよ。」
優しい声が聞こえた。凄く透き通っていて、落ち着く。
「どうぞ。」
ドアを開けて、兄ちゃんが入ってきた。身長が少し伸びていた。
「砦斗、お前もGameOverだ。」
ドキッとした。最近よく見る夢で言われる台詞だ。
「何でだ?」
兄ちゃんは笑顔で答えた。
「存在価値が無くなった奴に、答える義理など無い。」
正夢か?まったく同じ事を言っている。
「存在価値って…俺、何も…してないじゃないか。」
「そう。何もしてない。僕も砦斗も。」
答えが変わった。
「どういう事?」
「だから、GameOverって事。クリアしたんだ。」
「意味わかんない。」
「このGameはね、自分の薄れた記憶を呼び覚ますゲームで、思い出したその後何もしなければクリアなんだ。僕の場合、ちょっと時間かかちゃったけど。あはは。」
ベットから下りて、兄ちゃんの隣に座った。
「ごめんね。朝深兄ちゃん…。俺…。」
兄ちゃんは、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「大丈夫。ちゃんと砦斗は思い出してくれた。」
こんな時に、思い出すのもどうかと思うけど、あのゲーム機はどうなったんだろう?
ゲーム機があった方を見てみた。
「あー。あのゲーム機は無いよ。」
「えっ?どこ行ったんだ?」
「夕深にゲームの事話したら、壊されちゃった。あはは…せっかく中学ん時僕が作ったのにね。」
「はい??」
耳を疑った。兄ちゃんが作った!?こんな、人様に迷惑をかけそうな物を?
「言ってなかったっけ?」
「兄ちゃん…百円返せ。」
「え〜。砦斗は、兄ちゃんの収入を取っちゃうの?兄ちゃんの事、忘れかけてたのに?」
「うっ!」
優しい声でそんな事言うなよ…。しかも、目に涙溜めながら…女子ですか?
「冗談だよ。ほら、返すよ。」
「いや、やっぱいい。」
「いいの?」
「うん。」
また兄ちゃんに頭を撫でられた。この人は一体何を考えているんだろう?
不思議だ。甘いマスクを剥いだら…兄ちゃんにこそ説明書が必要だな。
「ねぇ、朝深兄ちゃんは何がしたいの?」
「あはは…もう一回ゲームする?」
「ホントに何したいんだよ…。」
「あのゲームさ、僕は失敗作とは思ってない。」
「誰も失敗作なんて言ってないじゃん。」
「夕深に…」
「言われたんだね。」
兄ちゃんはぶつぶつ何か言い出した。
「あのさ、俺達が抜けたって事は、他の人がプレイヤーに新しくなるって事だよね?」
「…。」

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意思と本能 [小説]

*唸り声
真夜中の山奥に響く獣の唸り声。
近づけば巻き込まれ食われてしまいそうな程、怒りに満ちている。誰が己の命を賭けその怒り、沈められるだろうか。
その唸り声は地響きとなり、山を恐怖させる。
ある者は云う。
「山神様がお怒りだ。」と。
別な者はこう云う。
「大狗神(ウェノン)に手を出した愚か者への裁きだ。」と。
さらに別な者は云う。
「大狗神(ウェノン)の狐の処理(ディネ)の時間だ」 と。

人間に狐山と呼ばれるこの山には、昔から伝わる口承神話がある。
「まだ人よりも獣や妖のほうが数が多かった頃、人と獣と妖の間に堺はなく曖昧な存在もあった。
この山には獣の中でも狐が多く生息していたとされている。
それ故、人は狐山と名づけた。
狐は群れることをせず、単独行動をするが故、山にまとまりは無かった。
他の生物も狐よりも数少なく、その生も短き事からか
、死肉も共食いも我が身を生き長らえさせるために厭(いと)わなかった。
それを嘆いた大神(ウォセ)はそれを良しとされず、人と獣と妖の血の混ざる大狗神(ウェノン)にこの山を支配、管理させた。
大狗神は己の力を十二分に発揮した。
増えすぎた狐の数を管理し、他の生物との釣り合いをとった。しかし、狐を恐れた人がいた。
その人は、妖と狐の混血の子(ルナール)を集め、大狗神を捕まえて殺そうとした。
大神(ウォセ)は大狗神(ウェノン)にさらなる力を与えた。
大狗神は唸り声を上げ、地を震わせ、ルナール達の士気を奪った。それでも殺気に満ちたルナールの一部は大狗神に噛み付いた。
大狗神より力の劣るルナールは数に賭けたが、少数ながらも大神の力も己のものとする大狗神には敵わなかった。
その闘いの前は大狗神も他の生き物同様に食事を必要としたが、その後のルナールの処理(ディネ)により、大狗神は食事を絶対的必要とはしなくとも生き、大神の力により数百の時を過ごす神獣となった。」

この神話により、人の数が増えた今も山の奥から、地響きとなり伝わる唸り声は大狗神のものとされている。
人はルナールが絶滅したと、大狗神もいないと考えた。
そのため、神話として伝承されているが、実際にはルナールの一度は士気を失った者たちは大狗神に食い殺されなかったため生き残っている。

*協会/境界
ルナールの者達は、自らを“境界”と称した。
大狗神は彼らを狗狩り族(シャッス)、通称、協会と呼んだ。

境界は妖力を有しているため、人の心を誑(たぶら)かし従えさせた。
反対に大狗神は人を守護するものとなった。
境界はまたも数に賭け、大規模な大狗神狩りを始めた。
これがシャッスと呼ばれた所以(ゆえん)である。
減りつつあった大狗神は数に圧倒されていってしまった。
しかし、境界は大狗神を絶滅させなかった。
大狗神に力を与えた大神(ウォセ)の力を恐れているためと、
大狗神の生態研究をするためだった。
それを知った大狗神が彼らを協会と呼び、広まった。

もともと数のいない大狗神は身を守るため、それまで獣の姿で過ごしていたが、人か妖の姿で過ごすようになった。
そのため協会は他の人や妖との見分けがつけられなくなった。
大狗神はかつてのルナールの変化の力も己の力としていたため、協会の者との判別も難しかった。
しかし、これは大狗神にも打撃となり得る行為だった。
人して生きるが故、人間の子と結びつき、その子どもは人の血を多く受け継ぐこととなり、大狗神の力を弱めた。
同じ、人として生きる大狗神と繋がったとした場合は、大狗神の血を濃く受け継ぎ、その子どもは人間の姿を保つのが難しかったので、協会の者に見つかり連れ去られてしまう事となった。
だが、この状況は協会側にも見られた。
大狗神の子に不信感を与えず、近づきたいと考えたルナールの血を引く者は、仲間とした人間と結びつき、子を利用しようとしたが、子は人間の血を濃く受け継いだため、妖力を使えない者も出るようになった。
妖力と数に頼ってきた協会にとっては予想外な結果となり、ルナールの血を引くものを減らすだけとなった。
それでも、大狗神にしつこく執着した。
闘いは実際には終わってなどいなかった。

*妖力
大狗神の子、水嗄等(みさら)は天神(あまがみ)家を守護する代わりに天神家の名をもらい、人として協会から身を隠した。
力を温存した彼は協会が占拠した、大神(ウォセ)の管理していた狐山を奪還するために1人でそこへ入っていった。

「水嗄等様。本当にお一人で行かれるのですか?」
『私の本能があのままにしてはいけないと言っているのです。私の父も継母も兄も協会の人間により殺されました。他の同種達も研究され、殺されて私の元へと戻ってきた者はおりません。三枝(さえ)も、この地の空気も吸うことさえできなかった我が子も....私だけのうのうとどうして生きていられるのでしょうか?』
「敵討ち....ということでしょうか?しかし、相手は組織。いくら水嗄等様に妖力があろうと....それに、あちらはこちらをよく知っているのですよ。」
『よくなど知っていませんよ。協会は私の人間としての状態を調べていますが、大狗神としての状態を知りません。』
「それは....。」
『大狗神としては私は死んだ事になっていますからね。ここにいるのは、大狗神を飼っていた天神家の養子で次期当主候補、天神水嗄等。あちらが私を警戒するのは、昔、敷地へ侵入し、大狗神狩りをしたので人間たちを引き連れ襲ってくるのではないかということです。何も心配はいりません。すぐ戻ります。』

彼は早朝に屋敷を出て行った。
狐山に着いた頃には太陽は高く昇っていた。
山の奥へ奥へと進むと、建物の影と人影が見えた。
人影は彼に気づいたのかこちらへと向かってきた。
「もしもし、旦那。この奥に何か用でも有り様で?」
『ええ。少しばかり。』
「生憎(あいにく)だが、ここより先は何もありゃしませんぜ。山菜採りに来た....ような格好ではないようだ....ただ山越えたいんなら、悪いこたァ言わねえ。引き返して隣の白蛇の山を行ったほうがいい。」
水嗄等に話しかけた者はどうしても先へと通したくはないようだった。
『私は貴方の後ろにある建物と貴方が仕える方に用があるのですよ。案内していただけませんか?』
「なんだと?」
『私を誰だと思っているのです?代茉(よま)殿の元へ案内してください。』
「こ、これは失礼しました。主の本名を知っている方とは....ということは、我が主直々招待した方ですね。すぐ案内いたします。どうぞ。」
協会の人間が仲間と判断するのは、ルナールの末裔の主の本名を知っているかどうか。主の本名は仲間外には知らせてはいけず、仲間外で知った者は暗殺される徹底ぶりだった。
協会の主の本名を水嗄等が知っていたのは、協会を脱退し天神家に身を隠した、彼の世話人の青柳に聞いたことがあったからだ。

建物内へと入り、客室へと案内された。
「ここで少々お待ちください。主を呼んで参ります。」
『ええ。お願いいたします。』
しばらく待っていると、こんな人は知らないと言いたげな代茉が連れてこられた。
「お前は席を外せ。」
「はい。」
「脳なしのおかげでここまで入ってくるとは....やはりあいつは使えないな。」
『部下の心配は後にしてくれませんか?代茉殿。』
水嗄等の言葉に苛づきながらも、代茉は座るよう促した。
「それで、あなたはどちらの方ですか?俺の名を知っているということは、境界の者の家族....もしくは、何らかの方法で名を知った暗殺者ですか?」
代茉は殺せるものなら殺してみろといいたげに嘲笑った。
『まさか。貴方を殺すなんて。』
「では、何をしにここへ?いや、まず名前を教えて頂きたい。」
『天神家次期当主。と、言えばお分かりですね。』
「天神家だと!やはり潰しにきたのでは?しかし....1人....何が目的だ?」
代茉は警戒するように自分の妖力を高めた。
『そう怯えないでいただきたい。先に言いました通り、貴方を殺しに来たわけではございません。ただ、この土地は我が天神家が所有するものです。』
「所有....だと?」
『疑問に思うのも無理はありませんね。貴方達協会は勝手にここに建物を建て、組織で行動しているのですから。言い方を変えましょう。....この土地は私が国から買取りましたのでここから出ていけということです。』
「そんな話聞いてないぞ!」
『そうでしょうね。私が初めて貴方に話したのですから。後数分で国の役人が来ます。貴方達は許可を得ていないので....どうなるか知っていらっしゃいますね?』
代茉は余裕を失くし、顔色を変えた。
「貴様!」
『どうしました?時間に猶予があるのですよ?逃げるなら今逃げなさい。捕まって長いときを封じられたいのですか?貴方は妖ですからね。人間とは別な罰を下され、封印されてしまう。そうなっては嫌ではないのですか?』
「なんのつもりだ!」
『狐ごときが、大神(ウォセ)の力を有する大狗神(ウェノン)に歯向かっていいとお思いですか?』
水嗄等は低いトーンで威圧し、人間の姿から半獣の姿へと変えた。
「大狗神の生き残り!!捕えよ!!!」
代茉が叫ぶと、戸が開き、数十人の男達が入ってきた。水嗄等をすぐさま囲んでしまった。
『狐は群れを作りませんよ。あなた方はいつ親離れできるのです?どうして代茉殿は子を突き放さないのですか?私に殺されたくないからでしょう?力無き者は他を犠牲に立つ。』
「何突っ立ってる?!早くその男を捕えよ!」
「よ....代茉様....捕らえたいのですが....」
「なんだ!何してる?!」
水嗄等を囲んだ男達は動けず、水嗄等にあと数メートルのところで止まっていた。
『代茉殿。よく、彼らの体を見てから指示をしたほうが宜しいかと思いますが。』
代茉が水嗄等から視線を男達に移すと、男達の背中に妖文字が浮かび上がっていた。
「なんだこれは....妖文字....どうして....貴様何を!」
『よくご覧になりたいですか?では貴方の右手を見てみるといいでしょう。』
代茉が自分の右手を見てみると、彼らと同じ文字が浮かび上がっていて、手首から指が動かなかった。
「これは....人に伝わる封印の....。」
『動きを封じるものです。代々天神家に継がれる術式の1つでして、それに私の妖術の1つである波動を軽く打ち込んだものです。ですから、一般的な解放術を使っても解けませんよ。』
「クソが!」
代茉はまだ動ける左手で隠し持っていたナイフを取り出した。
『あまり動かない方が身のためですよ。自分の首が体と離れてしまいますからね。』
代茉は首に熱を感じた。
「いつの間に術式を組んだ....?」
「代茉様!!!」
『おや?あなた方もあまり無茶をしてはいけませんよ。私に血が降りかかるのは避けたいですからね。あなた方にも代茉殿と同じのを首にしてありますから。少しでも妙な真似をしてみなさい。首が飛びますよ。』
水嗄等は男達の輪を抜け、代茉に近づいた。
代茉は恐れのあまり叫んだ。
「お前たち!俺を死んでも守れ!」
男達の中から1人、無理矢理動いた。
『なんて無茶をさせるのですか!』
数歩、水嗄等に近づくと、男の身体からミシミシと妙な音が聞こえ、次第に骨が何本も折れる音がした。
「ああああ!!!」
悲鳴を上げた途端、首が落ちた。
身体が、制御を失い倒れた。
その様子が見えたものは悲鳴を上げた。
『だから言いましたのに。』
叫び声が聞こえてやってきたのか、協会の者たちが客室へと押し寄せた。
「代茉様....これはいったい....?」
「丁度いい!全員であの者を捕えよ!」
『入れませんよ。』
「また何か仕掛けたのか!」
『この客室で待たせて頂いている間に、この建物自体に封印の術式を掛けました。ですから、ここにいるもの達全てにすでに文字が。』
「卑怯な手を!....いや....待て....だとしたら、旭和(あさな)もか!」
代茉は動かせない脚を必死に動かそうとした。
『脚が千切れてしまいますよ?』
「俺の脚が知った事か!旭和!旭和!」
『ああ。代茉殿の娘の事ですね。人の子の命は奪っておきながら我が子が助かるとでも....と、言いたいところですが、まだ幼いおなごに、こんな血を流す父親を見せる訳にいきませんからね。我が家で保護しております。ご安心を。』
「旭和が貴様の家にいるだと!ふざけるな!どうやってそんなことが!」
水嗄等は悲しそうな目で代茉を見た。
代茉にはその目が恐ろしく見えていた。
「旭和には手を出すな....!」
『貴方の行動次第です。』
水嗄等は右手の人差し指と中指を同時にクイッと曲げると、代茉の表情が歪んだ。
静かな部屋にギリギリという音が響いた。
だんだんと音が変わり代茉の両脚の骨が折れ、立つことができなくなり、崩れ落ちた。
それを見ていた後から来た者たちは、状況を把握できずに代茉の元へと向かったため、息絶えた。
「来るな!来ればこのようになる!生きたければ今は何もするな!」
『懸命な判断ですね。では、貴方だけ私と一緒に少し来て頂きましょう。脚は治してさしあげますから、自分で歩いてください。しかし、私を攻撃しようとしたなら骨では済みませんよ。』
水嗄等は代茉の折れた脚を完璧に治し、術を組み直した。
「先も訊いたが何が目的だ?」
その問いには水嗄等は答えず、代茉を連れ、建物の外へと出た。
そこには役人がいた。
『ご苦労様です。この者が不法にいた者。中に彼の従えた男達数十人がいます。安易に捕らえる事ができるようにしておりますので、出してください。』
「承知致しました。天神様。」
「や、やめろ!中にいるやつを動かすな!こいつのせいで首が!首が落ちる!」
役人は代茉を気が狂った者のように見た。
「これは、本当だ!俺は目の前で見たんだ!」
「はいはい。そういう幻想は後でゆっくり牢屋で語れ。」
代茉は水嗄等に手足を封じられていたため抵抗できなかった。
『人間には一生に思える長い時を、妖には短き時に感じる間封じられる。それでも生きられるのですから、ありがたく思うと宜しいかと思いますが?』
そう言って、水嗄等は建物内に戻って行った。
建物内では死んだはずの男達が生きていた。
「どうして、この者達は抵抗をしないのでしょう?」
『私が幻覚を見せているからですよ。なんとしてもこの土地から出て行ってもらわなければならないのでね。』
「天神様も大変ですね。....しかし、天神様にこの不法者たちのことを知らせていただけなけらば分かりませんでしたよ。」
『この建物内のどこかに、代茉殿の娘がいるそうです。彼女を保護してください。旭和という名前です。』
「分かりました!」
次々と人が外へと出されて行き、建物内には水嗄等と役人と代茉の娘だけとなった。
代茉の娘はまだ幼く、寝ていたところを保護された。
「まだ3つくらいですかね?」
『そうですね....。彼女は我が家の養子として連れて帰ります。』
「はい。....そういえば、天神様のところにも子どもが....。」
『いえ....生まれる前に代茉殿に三枝(さえ)と共に銃殺されました。しかし、生きていればこの子くらいになっているのでしょうね。』
代茉の娘を優しく抱き寄せた。
『あなたに残酷な世界はいらない。忘れなさい。これまでに父に教えられた残虐な事など。』
水嗄等は旭和に記憶を消す波動を打ち込んだ。

*意思と本能
協会が使用していた建物は取り壊され、天神(あまがみ)家の別荘が建った。
協会の人間と代茉(よま)を追い出してから数十年が過ぎた。
協会で研究をしていた人間は釈放されてからもその山には誰も入ろうとはしなかった。
代茉の娘の旭和(あさな)も病に倒れ、短い生で最期まで入る事はなかった。

『大神(ウォセ)....協会の者はここにおりません。どうか出てきて私に姿をお見せくだされば幸いでございます。』
狐山の中でも一番長生きで、太く凛々しく立っている樹を見上げながら、水嗄等(みさら)は願うように言った。
すると、周りの木々が騒めき始めた。
徐々に木々たちが歪み、消えてゆき一面がどこまでも続く野原へと変わった。
遠くに獣の影が見える。
「私を呼んだか。大狗神(ウェノン)の子。」
『はい。お初にお目にかかり光栄でございます。水嗄等と申します。』
獣は次第にこちらへと近づいてきた。
「狐を追い出したのはお前か。」
『はい。しかし、殺した訳ではございません。いずれまた対峙することとなるでしょう。』
「温いやり方だ。」
『私はできれば彼等....ルナールを絶滅させることなく、共存できればと願っています。貴方も最初はそう願っていたのでは?』
獣はしばらく黙りこんだ。
何を思ったか、水嗄等を押し倒した。
「なかなか面白いなお前。やってみろ。お前のその長い時の中での足掻きを見せてくれ。生き残り同士のな。」
『....足掻きですか。貴方はそんなに狐が怖いのですか?大神。』
大神(ウォセ)は唸り声を上げ、水嗄等に爪を立てた。
それに答えるように、水嗄等は人間の姿から大狗神本来の姿へと変えた。
大神は一瞬怯んだが、すぐに体勢を立て直し、大狗神の首に噛み付いた。
『グルルルルル!』
しかし、大狗神の首に人が付けた首輪のせいで奥まで牙を喰い込ませる事ができなかった。
「ヴヴヴヴ!!」
何度も何度も首に噛み付くが縄で作られた首輪を切る事さえできない。
「なんだ!これは!何故切れぬ!」
水嗄等はこの隙に大神を押し倒し、逆に首に噛み付いた。
『これが気になりますか?これは天神家に伝わる妖力を増幅させる縄です。縄の先に横笛があります。そちらは私の波動を強化させるもので、人の子に作っていただいたのです。試してみましょうか?』
「ガルルル!!」
大神は噛み付き返したが、振り払われまた首を噛み付かれた。
「お前は恩を仇で返すのか!」
『恩?私の種族を絶滅寸前にまで追い込むきっかけを作った貴方にどんな恩が?』
「私の力をお前たちに与えたのを忘れたのか!」
『そう人の子達の間では神話として伝えられていますが、事実貴方は何もしてなどいない。ただ士気を高めさせただけ。大狗神は元より在りし力を覚醒させたに過ぎない。』
大神は妖力を最大に引き出し威嚇した。
「最初の戦はお前がまだ生まれる前の事。誰にそんな嘘偽りを吹き込まれ、私に歯向かうのか!」
『私の実父ですよ。彼は最初の戦に参戦しておりますから。とても長生きされた方でして。人に殺されなければまだ生きていたのではと思わせるほどに。』
「偽りだ!」
大神は大狗神の顔を引っ掻いた。
「『ガヴヴヴヴ!!!』」
互いに唸り声を上げ、一歩も引かなかった。
『私は貴方を殺すつもりなどありません。ルナールは貴方を恐れていますから。死んでもらっては困るのですよ。』
「私を利用するという事か!愚か者が。」
『愚かで結構。貴方はここでずっと私を見ていて、ただ長い時を過ごしていただければそれで満足。』
大神は荒い呼吸をしながらも威嚇し続けていた。
それを他所(よそ)に水嗄等は大神から離れ、半獣の姿に変わり外へと向かって行った。
「どこへ行く。」
『帰るのですよ。何か問題でも?』
「....本当に共存できると思っているのか....。あいつらと。」
『ええ。どんなに時間がかかっても私は必ず彼らと....獣と妖と人間....全ての共存をしてみせます。』
「....大狗神....私の当初の願いお前に託す....。」

水嗄等は野原を出、元の狐山へと戻ってきた。
彼には傷ひとつなかった。
一方の大神のほうは、噛み付かれた傷がすでに塞がっていた。

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続:生きた屍を愛した少年(yukki作) [小説]

「なかなか、兄さんに似てきたね。浩一君。」
「え…………?」
この人はなぜ俺の名前を知っている?
今まで一度も自分の名前など明かしたことないのに。
「なんで俺の名前を…?」
「なんでって当然じゃないか。君と会ったときから私は君の名前を知っていたよ?」
確かに気にかかってはいた。これまでこのお姉さんと過ごしてきて何度も父さんに似た箇所があることを。

バンドメンバーと別れた後、あの日開く気にならなかったアルバムを再度引っ張り出した。
「そんなわけないと思うけど....。」
俺はアルバムをパラパラとめくって挟んである写真に目を通した。
ほとんどは父親が若いころの写真。一緒に写ってるのはおそらく友達だろう。見たことがない。
後半のほうになると幼少期の自分や弟が出てきた。3人で写ってるってことは撮ったのは母親か別の人なのかな。
そんなことを思いつつアルバムのページは残り少なくなった。最後のページまで写真が収まっているわけではないようだ。
「やっぱり違うよな。そんなはずがあるわけないし。」
俺は適当に空白のページをパラパラと教科書に書いてある答えを探すようにめくった。
すると最後から何ページかのところで再び写真が収まっていた。通り過ぎてしまったので戻って写真を見る。
「え!?」
写ってるのは父さんと一人の女性。誕生日に撮ったのだろう。ケーキの前で仲良く写っている。
その女性は紛れもなくあのお姉さんだった。
「嘘だろ…。父さんとあのお姉さんが兄妹…?」
ケーキにトッピングされてる板チョコにはお姉さんの名前が描かれていた。
「ゆ、う、な?」
どうやらあのお姉さんの名前はゆうなというらしい。
俺は事実を信じきれずしばらくその写真をずっと見ていた。
他にも父さんとお姉さんが写っている写真は何枚かあった。どれも仲がよさそうに写っている。
二人の写真だけ別にしておいたということは父さんは妹であるあのお姉さんをかなり大切に想っていたのだろう。
そして、お姉さんが俺の名前を知っていた理由も全て繋がった。

数日後、再びお姉さんとセッションする機会が訪れた。
いつものスタジオに入るがお姉さんの姿がない。同じメンバーの話だと遅れてくる、らしい。
あのお姉さんが自分より後に来るなんて珍しい。俺はちょっと気になったが考えないことにした。
なにより今日はお姉さんと顔を合わせるのが少し気まずい。
無駄に緊張してきたのでお姉さんが来るまで今学校で流行ってるバンドの曲を叩いて気を紛らわすことにした。
譜面なんてないので音源に合わせてうろ覚えで叩くだけ。
2、3回は繰り返したが一箇所どうしても叩けない場所があった。他はだいたい合ってる。と思う。
何度音源を聴いてても歌声が入っててドラムの音が聞き取りにくい。
「わかんないな…。どう叩いてるんだ?」
「少しテンポを遅らせてるんだよ。」
「ああ、なるほど。っていつからここに!?」
後ろを振り返るとあのお姉さんが立っていた。
「いつからって君が叩き始める前からずっといたよ?ずいぶん深刻そうな顔で悩んでいたじゃないか。なにかあったのか?」
どうもこのお姉さんはわからない。いやけっこう前からだが。
「深刻って、まぁ…。」
俺はあの真実について問おうと思ったが自分から言い出せない。内容が濃すぎる。
「それより遅れてくるなんて珍しいですね。なんかあったんですか?あ…。」
お姉さんの利き腕に湿布が貼ってあった。やはり腕を痛めているらしい。それも初めてセッションしたときからずっとってことはなんかの病気なんじゃ。
「痛むんですか?」
「大丈夫だ。」
大丈夫なわけないだろ。日に日に短くなっていくセッションの時間、集合の時間に遅れて来るようになったお姉さん。

「お姉さんって実は…。」
「そ。気づくの遅いね。」
前にも言われた気がするが口に出さないことにした。
「なんで隠してたんですか?」
「別に隠してなんかいないよ。少年....。いや、浩一くんが気づくの遅いだけさ。」
「そういえば、話してくださいよ。あなたのお兄さん....俺たちの父さんがなぜバンドを離れたのかを。」
「ああ、覚えてたのね。」
馬鹿にされた気がした。
「君たちの面倒を見つつ、仕事をしつつ、私たちとバンドをしつつというのは兄にとってハードだったんだよ。仕事は遅くまでかかってるから家に帰れば夜中だし、仕事が早めに終わった日や休みは私たちとセッションをしてくれてと休む暇が兄にはなかった。」
なるほど。確かに父さんは毎日帰ってくるのが遅かった。
「それでもお兄さんはバンドを続けたがってたんですね。」
「いや、バンドを続けてたのは私のわがままなんだ。兄が家を出ていってからがすごく苦痛でね、少しでも一緒にいる時間が欲しかったんだ。」
初めてお姉さんの本音を聞いた気がする。それもお姉さんのほうから話してくれた。少し嬉しかったが…。
「少しでも一緒にいたかったけど、過労で兄が体を壊してしまったんだ。それをきっかけに兄はバンドから抜けた。」
話が進んでいくにつれてお姉さんの声が弱くなっていっている気がする。思い出したくなかったかな。悪いことをしたな。
「あの、ごめんなさい。思い出したくないことを思い出させてしまったようで。」
「....私は寂しかった。けど兄が息子にも才能があるはずだからと私に言ったんだ。そのときから君をメンバーに入れようと思っていた。」
「父さんが!?」
俺の心配をスルーしやがったのはこの際気にしない事にした。
「兄を見ているようで私は君といる時間がすごく落ち着くんだ。当時みたいでね。」
言い方がおかしいかもしれないがお姉さんの気持ちを大半理解できた気がした。
最初から遠慮なく話しかけてきたのは、俺がお姉さんの兄の息子だったから。いきなりクラシックアレンジを始めてもついてこれると踏んでいたのも自分が父さんの子であるから。
お姉さんも父さんと同じく兄をすごく大切に想っていたのだろう。
「浩一くん。君ともこの曲がやりたいんだ。私が今までクラシックアレンジをやってきたのは君とこれがやりたかったためでもある。」
そういって楽譜を渡された。ショパンの「エチュードop.10-4」だった。
「これは兄がアレンジしたものだ。君にもできるだろう。やってみようじゃないか。」
またしてもいきなりだったが俺は反論をしなかった。する理由が見当たらなかった。今までは譜面なしで雰囲気で叩いてきたが今回は初めて譜面がある。
一通り譜面を見終えた俺はお姉さんにOKの合図を出した。
ギターをやっていた方のお姉さんはピアノもできるようで鍵盤の前のいすで待機していた。
この曲には歌詞がないのでボーカルのお姉さんは見ているだけと思ったら、録音機を持っていた。
多分あのお姉さんに言われたのだろう。
そんな中演奏が始まった。
血液を心臓と手足に送り込む。
絶妙な噛み合いだと感じた。
この曲を演奏したのは初めてだが、ここまで上手くいくとは。
2分ちょっとの短い曲ではあるが、俺は今までやってきた中で一番気持ちよく叩けた。
最後まで息のあった生き物は2分とちょっとの間走り続けた。終わったと同時に心臓がその場に倒れこんでしまった。
演奏は大成功だったが終わった後が苦すぎる。
お姉さんは病院に搬送された。それが最後だった。
何度かバンドの仲間の人と連絡を取り一命はとりとめたという情報は耳にしたが姿は見ていない。
心配でならなかったが元気にしているという仲間の声を信じて過ごすしかなかった。

あれから6年が経った。俺は大学を出て今は職についている。弟は知り合いの家で暮らしている。
地元ではないとこで職をしているため、なかなか帰省はできない。
そんな中同僚の都合で仕事が休みになった日があった。それも4連休ときたもんだ。
久々に地元に帰省することにした。いきなりだったので地元の友達とは都合がつかず会うことはできなかった。
あれからドラムもたまに触る程度になった。
「久々に叩きたいなぁ。そういえばお姉さん元気にしてるのかな…。」
数年の間全くお姉さんの音沙汰がない。もしかしたら…と嫌な感じもしたがそれだけは信じたくなかった。
どこへ行けば会えるという確証も全くないので、雰囲気だけでもいいとあの公園に向かった。
当時は錆びれた公園だったが俺が離れている間に改装工事を行ったらしい。だいぶ明るい公園になっていた。
ブランコも整備されていた。あのときのように座り空を見上げた。
…だめだ。お姉さんに会いたい。
『少年は私とわたしに恋をした。私は少年と君に恋をした』
この言葉を聴いたのもここだった。
俺はあのお姉さんに恋をしていたんだ。確かに好きだったんだ!

まぁ、よくよく考えれば無理な話だ。たまたま休みが取れ、帰省して気が向いたから公園に来た。それでお姉さんと会えるなんて都合がよすぎる。
馬鹿だな俺。なにを考えてるんだか。
後ろにぐっと背伸びをした。
「落ちるよ。ブランコから。」
「え!?」
後ろから急に声がしたものだから、俺はビックリして落ちた。
「お姉さん!?」
「またまた久しぶりだね浩一くん。大人びたね。」
そう言ってきたのは間違いなくあのお姉さんだった。
最後に会ったときとあんまり変わりはなかった。背が少し低くなっていた気がしただけだった。
「どうしてここに!?」
「私は少年と似ていないけど、わたしと君は似ていると言ったよね。だから今日来ると分かった。」
相変わらずだよお姉さん。不安が一気に抜けていく気がした。
「どう?元気だったかい?カノジョの一人や二人はできたかい?仕事はうまくいってるの?あ、まさかニート?うんうん、ご苦労ご苦労。」
ちょっと待て。まぁ確かにこんな時間に大人が公園にいたらそう思われても仕方ないが。
俺は初めて出会ったときのようにお姉さんに質問攻めにあった。なんだか懐かしい。
「ちゃんと仕事就いてますよ。今日はたまたま休みなだけです。彼女は学生時代にいましたけど今はいません。お姉さんこそ元気だったんですか?あのときどうなったんですか?」
「私は無理をしすぎて倒れただけだ。失ったものといえばもうベースはできない。」
生きた屍から復活したバンドは今やただの屍となってしまっていた。
「そうでしたか....。いや、お姉さんが元気でよかったです。ずっと心配だったんですよ?」
「すまなかったね浩一くん。もう大丈夫だよ。」

それから俺はお姉さんと暮らしている。
今でも何かと謎の多いお姉さんだがふつうにいい人だ。
父さんも喜んでくれてるかな?

続きを読む(後書き・裏話)


タグ:創作小説

少年と修理屋 [小説]

※壊れゆく文字盤
僕の父親はあれからしょっちゅう電話や、手紙をくれるようになった。
けれども直接会うことはできなかった。
僕に兄弟姉妹はいない。
母親からはなんの連絡も無い。どこにいるのか....生きているのか、死んでいるのかすら分からない。
小学校に上がる前の記憶がうっすらとあるけれど、母親の顔を僕は思い出せない。
ぼんやりとしている。
写真を探して思い出してみようと思ったことがあったけれど、僕の家に写真が無かった。一枚も....母親の写真だけではなく、誰の写真も無かった。
両親のこだわりなんだろうか?
壁に飾り物がない。棚の上にも何も無い。
他人に説明する時、シンプルと言えばいいんだろうか?
シンプルというか殺風景だと僕は思う。
だからといって、何かを飾ろうとは思わない。

小学校、中学校、高校と学年が上がるごとに僕の関心は薄れていった。
毎月、父親と母親から生活費が僕宛に送られてくる。
『生きているのか....。』
「主様....。」
僕の中にいるガレットが、独り言に反応してきた。
『なに?』
「主様のお母様に関する心の文字盤が、何重にも巻かれております。このままでは鎖の力に耐えられません。」
『そう。構わないよ。』
「ですが、主様。主様にはお母様が....」
『ガレット!!』
僕はガレットの声を遮った。
ガレットの言いたいことは分かっている。
このままでは、僕の心の母親への思い、気持ち、記憶が形となった時計の文字盤が心の鎖によってさらに固く封じられ、圧力に負け、壊れてしまう。
普通の時計なら、修理店に行き直してもらってまた使う。
しかし、僕の時計は心の中。
普通の修理店に行っても相手にしてくれない。
とても厄介なものだ。
だから、ガレットは壊れないように管理を補助してくれている。
でも、母親に関しての事は、僕には大切に守る理由がもう分からない。
『ねえ、ガレット。もし、この時計が粉々に砕けたとしたら....ガレットに影響するの?』
「私にですか?多少は。ですが、主様ほどではありません。」
『僕とガレットは同じであって、同じじゃない。
....。多少ってどれくらい?』
「そうですね....人間で例えますと、何ヶ所か骨折する程度ですね。主様の心の痛みは私の痛みですから。」
『そう。なら....ちょっとの間だけ、痛むかもしれない。でも、すぐ忘れるから、我慢してくれる?』
「主様!まさか!おやめください!主様!主様!」
ガレットは僕の心の中で何度も僕を呼ぶ。
それを遮るように。僕は時計を破壊した。
母親への感情、記憶を僕は捨てた。
瞬間、ガレットは苦しそうな声を上げた。

※失くした記憶
『ガレット?どうしたの?なんでそんなに苦しそうなの?』
僕の記憶が一部壊れたせいで、ガレットが苦しんでいる。
でも、僕にはなんの記憶が失くなったのかさえ分からない。
ガレットの荒い呼吸が僕に伝わる。
僕の不安がガレットに伝わって、さらに苦しめる。
『ガレット!!ねえ!ガレット!』
祖父がいない今、どうしたらいいか分からない。
ガレットは時針。土台の文字盤が破壊され。中身の歯車である感情もともに朽ちた。
歯車が動かなければ、時針は動く事はできない。
ガレットがその場で倒れたのを感じた。
『ガレット!』
名前を何度呼ぼうと反応が返ってこなかった。
あの日....祖父の心の中へ連れて行ってもらった時のことを思いだした。
あの時のように、心の中へ行ければガレットを助けられるかもしれないと思った。

『思い出せ....思い出せ....あの時のやり方を....早く!速く!』
随分と前の事に加えて、ガレットのサポートが無いせいで、どの時計に記憶をしまったのか分からない。
『ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!僕はなんてことを!何を僕は壊したんだろうか?僕には忘れてしまいたい事だったのかもしれない。けど....だけど....ガレットを苦しませてまで消したかった事だっのか?ガレットは僕であって、僕ではないのに。』
なにもすることができない自分に苛立った。
苛立ったところで何もならないのは分かっている。けれども頭の中がごちゃごちゃになって、管理人のいない心の中の時計の倉庫はめちゃくちゃで、僕にはどうしようもできない。それでも足掻く。
足掻き疲れ、僕はいつの間にか寝てしまった。

※修理屋
僕は夢をみた。
何度も何度も僕を呼ぶ声に目を覚ます。
「奏(かなで)様。奏様。」
『誰?』
目の前には知らないお兄さんがいた。
ガレットたち時針のような姿をしていて、英国紳士のようだった。
「良かった。目を覚まされて。」
お兄さんは僕に微笑んで、手を差し伸べてくれた。
「わたしは修理屋のリュシヘルと申します。」
『....修理屋?』
なんの修理屋だろうか?どうして僕は知らないのに、このリュシヘルは僕の名前を知っているんだろうか?
「奏様の中のガレットを出していただけませんか?」
どうしてガレットのことまで!?
「あ、すみません。何の修理屋か申しておりませんでしたね。わたしは時針と時計の修理をしております。あなたがわたしを呼ぶので参りました。」
僕が呼んだ?そんなはずはない。僕はこの人を知らないのに呼べるはずがない。
「どうして、奏様は否定しているのですか?」
『なっ?!僕の心を読んだのか!!?』
「何をおっしゃるのですか?丸分かりですよ?ここでは。」
『ここ?』
辺りを見渡すと、時計があちらこちらに散らばって、様々な速度で歯車が動いていた。
でも、それらの時計には明らかに足りないものがある。
「壊れた時針と砕けた時計はどこですか?」
ここは僕の心の中....。
『分からない。』
「呼びもしないで、分からないとは。わたしが彼を呼んでも彼は出てこれません。砕けた時計も見つかりません。ここはあなたの意思で全てが動くのですから。」
『意思?....全てが動く?』
「あなたはこの世界の王のような存在です。あなたが動かそうというのならあなたが命じ、管理するのです。わたしはその一つです。申し上げたと思いますよ?わたしは奏様に呼ばれてここに来たと。」
リュシヘルが言うように僕が命じれば....。
『ガレット!出てきてくれないか?!』
僕が空間へ叫ぶと、僕の足元の空間が歪み、そこからボロボロになったガレットが現れた。
『ガレット!!』
「思った以上に損傷が激しいですね。奏様。いったいどれ程大事な時計を破壊されたのですか?ガレットもガレットだ....痛むのはほんの少しで済むと思ったのでしょうね。それでこの有り様だ。哀れな時針。」
『リュシヘル!!何が言いたい?!さっきまでの低姿勢はどこにいった?』
「奏様。あなたは何を望んでいるのです?もしやガレットだけを修理したいのですか?それはできませんよ?さあ、壊れた時計も出してください。歯車が壊れた時計に時針だけ動かせなんて無理な話ですよ。」
リュシヘルに最もな事を言われてしまい、何も言い返せない。
『僕は....。』
「怖いのですか?自ら壊した時計がなんだったのかを知るのが。意気地なしですね。」
その通りだ。僕は何を失くしたのかを知るのが怖かった。でも、ガレットが苦しむのはもう避けたかった。
「随分と身勝手な主人だね。ガレット。元同種として憐れに思うよ。」
「リュシ....ヘ....ル....」
『ガレット!!』
「それ以上....私の主様への....侮辱は....許しません。少し黙って....いただけませんか....。」
「許さないねー。そんなボロボロにされて、まだ主人を慕うのか。まるで犬だね。」
『リュシヘル!黙れ!!時計を出すから、時計とガレットを修理してくれ。』
「主様....私のことなど....お気づかいなく....。」
「バカだね。ガレット。君がそのまま朽ちればどうなるか知ってるはずだ。主人が生きていて、時針が消えれば、閉ざされている状態と同じ。空っぽな人間になる。前言撤回しよう。あんたは主人を慕ってなんかいない。見殺しにしようとしているんだからね。」
『聴こえなかったか?リュシヘル。黙れと言ったはずだ。』
リュシヘルを睨みつけた。僕はそんなことをしていい立場ではないけれど、感情が抑えきれなかった。
リュシヘルは唇を指でなぞりチャックを閉めるようにした。
『僕が破壊した時計。僕は怖い。それが直って記憶が戻って苦しむ事が。でも、目の前で苦しんでいるヒトを見殺しにもできない。だから、修理がしたい。出てきてほしい。』
空間へ願うように言うと、破壊された時計と鎖が出現した。
それをリュシヘルに渡した。
「どうしろと?」
『直してほしい。時計もガレットも。』
「かしこまりましたよ。」
リュシヘルは時計の破片をパズルのように組み立て、歯車を調節していった。
同時に僕の記憶が徐々に戻っていった。
僕の目からどんどん涙が溢れ出てくる。同じように回復していくガレットが優しく抱きしめてくれた。
「主様....大丈夫ですよ。私がいますから。」

※痛みと共に
「これで、元通り。奏様もなかなか頑固....。」
『ありがとう。リュシヘル....いや、ニヴァ。』
「どういたしまし....今なんて?いつから気づいて....?」
『最初は分からなかったけど、隠しきれないその口の悪さと、行動で。それと、元同種ってガレットに言ったから、確信した。』
「成長したな....主殿の孫....奏様....。」
リュシヘルは微笑みながら僕の頭を撫でた。
『どうして、名前が違うの?』
「違う種族だからな。それと、こうなることを奏様が願ったから。」
『え?それってどういう....』
「細かい事は気にしねーことだ。後々分かる時がくる。もう目を覚ませ。」
そうリュシヘルに言われると、僕は心の中から出された。
気がつくとベッドの上にいた。
『夢?』
「主様。」
心の中からガレットの声が聴こえた。
「主様。大丈夫ですか?」
『それはこっちのセリ....』
僕は自分が泣いている事に気がついた。
『お....母....さ....ん....。』
「主様....。」
ガレットは心配そうな声をあげる。
『大丈夫だよ....ガレット....。今度は忘れない。
ちゃんと痛みと一緒に忘れない。壊さないよ。
ガレットも傷つけないから....。』
「はい。主様。」

僕らには時に必要な痛みがある。
その痛みを超えた先に望があるから。

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少年と時針 [小説]

有朋用.jpg
時計
時計には二種類あるんだ。アナログとデジタルの違いの事じゃない。
人の目に見えるか見えないかの違いの二種類。
見える時計がさまざまな姿、形をしているように、見えない時計も同様にさまざま。
 見える時計には説明はいらない。人間の五感で感じる事ができるから。
でも、見えない時計にはなぜか説明が必要なんだ。みんな知っているのに・・・知っているはずなのに。
見えない時計は心そのものなんだ。
僕が見えない時計に気がついたのは五歳の時。
僕の中で何かが囁くのが聴こえたから、それがなんなのか知りたくなった。
僕の両親は気味悪がって、なんなのか教えてはくれなかった。
唯一真剣に、僕の話しを聴いてくれたのは祖父一人。
 祖父はそれがなんなのかを教えてくれた。
「こっちにおいで、奏(かなで)。見せてあげよう。私の心の時計を。」
『こころのとけい?』
「そうだ。私の手を握って、まぶたを閉じてごらん。何も考えるんじゃないよ。そうしないと、奏の心の時計に私の心の時計の力を取られてしまう。」
『どういうこと?おじいちゃん、よくわからないよ。』
「奏の心の時計はまだ力が足りないから、時針が完全に起きてるわけじゃない・・・いわば、夢遊病のような状態なんだ。」
小さい僕には難しい言葉ばかりで理解できなかった。分かったのは、祖父の手を握って目を瞑ったら何も考えてはいけないという事だけ。
『・・・分かった。』
「奏は賢い子だね。孝充(たかみち)とは違うな・・・あの子は未だに心の時計に気づこうとしない。時が止まったままで、まったく成長していない。」
孝充とは、僕の父親の名前。僕はあまり好きじゃない。あまり会う機会がないから、スキキライも無いのかもしれないけれど。それでも好きとは言えない存在だ。
 僕は祖父の言う通りの事をした。
目を瞑った瞬間、どこかに吸い込まれるような感覚に襲われた。
でもそれは一瞬だった。

*時針
「目を開けて、周りを見てごらん。」
『うん。』
言われるまま、僕は目を開けて周りを見渡した。
今まで祖父と居た部屋は無くなっていて、僕等のいる空間には数字とカチカチ・・・チクタク・・・さまざまな時計の音が交じり合い、複雑な存在。
『ここ・・・どこ?』
「心の時計だ。その辺に時針がいる。人のような姿(かたち)をしているから、奏も分かるだろう。」
『じしん?お友達?』
「奏は賢いから分かるだろう。時針は時計の針の事。もう一つのここでの意味は、私自身の事だ。」
『おじいちゃんは、ここにいるよ?』
「奏は、忍者が好きだったね。分身の術って聴いた事はないかい?」
『え?おじいちゃん、分身できたの?』
「できないけれど、時針は私の分身体って言った方が簡単なんだよ。
本当はもっと、この空間のように複雑な存在なんだがね。
人間には説明できるような存在ではないんだよ。」
人間に説明ができない生命体・・・そんなものがなぜ祖父と交流があるのか、まだ僕には分からなかった。
「二ヴァ!孫を連れて来たんだ。君を紹介させてくれないか。」
祖父が叫ぶと、二ヴァと呼ばれた人が出てきた。
「呼んだか?お?こっちに人を連れてくるなんて久しいな・・・。
何十年ぶりだ?ほう・・・そこのちっこいのが主殿の孫か。」
「そうだ。こちらは、時針の二ヴァだ。ほら、自己紹介をしてごらん?」
二ヴァは、どこか外国の貴族のような格好で、すらっとしていて、この人のために紳士という言葉が作られたんじゃないかと思えてくるほどだった。言葉遣いを除いて。
『初めまして。浅海(あさなみ) 奏(かなで)です。よろしくお願いします。』
「何歳だ?」
『五才です。』
「マセてんな。ところで何をこの私にお願いするつもりだ?菓子か?そんなもんここには無いぞ。」
『お、お願い?』
「何とぼけてる?さっき、よろしくお願いされたぞ。」
「二ヴァ、それは挨拶だ。以後お見知りおきを・・・という事だよ。」
どうやら、賢く紳士的なのは格好だけのようで、中身はその辺のお兄さんってとこ・・・って言ったら、その辺のお兄さんに失礼だろうか。
「それは置いといて、二ヴァ。この子から感じないか?」
「・・・同種の匂いがする。」
『同種?』
「まだ眠る、二ヴァの同種を起こしてくれないか?」
「は~。久々に主殿が来たと思えば、やっぱりそれか。いいだろう。奏と言ったか?ちょっと、私のとこに来い。同種を起こして出してやる。痛みは見た目ほど無いから、安心しろ。」
そういうと、二ヴァは近づいた僕の喉の辺りに手を入れた。
突き刺したというより、もともとそこに入れられるものだと錯覚するくらいに、するりと入れた。
どれくらいの間手を入れられたのか分からないけれど、すぐに僕の喉の辺りから、二ヴァと似たような格好をした男の人が引きずり出された。
「さてと・・・奏。このおっさんの名前呼んで起こしてやれ。」
『お、おっさん!?名前!?』
「そう。名前。知ってるだろ?何度か聴いてるはずだ。」
僕はあの囁き声を思い出した。
『もしかして・・・ガレット?』
引きずり出されたおっさ・・・お兄さんがピクリと動いた。
「合っているみたいだな。ガレット!!起きろ!あんたの主が呼んでるぞ。」
こっちの目が覚めるような声で二ヴァがガレットを何度も呼ぶ。
「ん~。誰?君が主?知らない間に随分と柄の悪いおっさんに育ったねー。」
「私は主じゃない。あんたと同種だ。主はこっちの子供だ。」
「あー。納得。というか良かった・・・こんな人が主なら気づかれないほうがマシだよね。小さい主様。あなたの心の時計の時針、ガレットです。目覚めたからには、あなたの心の時計が壊れぬようにサポートいたします。」
「なあ、主殿。今さらっと棘のある事を言われた気がするんですが・・・。」
「気にするな。奏がガレットと話し始める。」
ガレットはオルゴールのような時計の文字盤の上で僕に挨拶をした。
『ガレットは妖精か何かなの?僕の分身なの?サポートって何?』
ガレットにこれでもかというほどに、沢山の質問を浴びせた。
普通なら嫌がられるだろう。二ヴァなら耐えられないだろう。
それなのに、ガレットは質問を言い終わるまで聴いて、答えられるだけ答えてくれた。
「僕等はただの時針で、主様達の分身のようで分身ではありません。
 主様の心がこの文字版です。これが無ければ、僕等時針はただの棒。なんの意味もなさない存在です。」
文字盤が心そのものということは、空間に存在する無数の文字版は祖父の心ということ。それを守っているのが二ヴァ。
『僕にも、ここみたいなのがあるの?』
「はい。わたしは主様のそこから生まれたのですから。存在しない者など人間にはいません。」
ガレットの言葉に少し引っかかるものを感じた。
『僕のお父さんとお母さんにもあるの?』
「はい。ですが、閉ざされております。ですから、時針と対話などしたことは無いでしょう。匂いも感知できません。深く深く閉ざされております故にでしょう。」
『出られない時針はどうなるの?』
「どうもなりませんよ。ただ眠ったままで生涯を過ごすだけです。わたしも眠っていましたよね?」
「奏、いい事教えてやろう。ガレットという名前、それを人間の言葉に直すと、奏でるという意味になる。」
「つまり、私の時針の二ヴァも私の名前の意味になっているんだよ。だから名前を呼べるんだ。囁き声として聴こえるのはこちらの言語でいう自身の名前。
今は難しいかもしれないが、いずれ分かる。」
その場にいた僕以外の三人は頷いていた。
僕だけなんにも分からない。
 僕はもっと二ヴァやガレットのような時針について知りたくなった。

*閉ざされた時計〜ガレット〜
時計の文字盤は心そのもの。故に心を一度解放しても、閉ざしてしまえば文字盤は鎖に縛りつけられ、
また、解放される時まで封じられてしまう。
わたしの主様は、浅海 奏様という少年です。
わたしが起こされた時は彼はまだ5歳でした。
しかし、心の時計はその頃から一部が閉ざされていました。
わたしには、それを解放することができません。
わたしの役目はその鎖を解く事や解いてはいけない鎖が外れてしまわないようサポートすることです。
主様の解かれるべき鎖は年齢が上がる毎に一部の時計に何重にも縛りつけられていきました。
「主様…どうしてこんなに鎖を……主様、聴こえていらっしゃいますか?わたしにサポートをさせてください。」
主様は十二歳になられてから、わたしの声を聴こうとしなくなられました。
このままでは、わたしは眠りについてしまいます。
時針であるわたしは主様が必要となさるので時計の文字盤と共に存在します。ですが、必要とされないのであれば存在する意味がありません。ですから、一度目を覚ましても主様が生きていてもまた眠ってしまう事もあるのです。
わたしの意識も朦朧としています。
「主様…主様…。わたしはここにいます。主様……。」
『ガレット…なんで僕をそんなに呼ぶの?おかげで集中できないよ。』
「主様!」
ようやく気づいてもらえたと思っても、主様の反応は少々冷たいものでした。
主様がこのようになったのは、父親の孝充様が原因でした。
主様の幼い頃から仕事で家にいることは少なく、主様はほとんど触れた事はございません。
ですから、孝充様に“触れたい”、孝充様と“話したい”など父親に抱くごく普通の感情・心を閉ざされたのです。
恐らくは、孝充様も同様に息子に会いたいという心を閉ざしているのでしょう。
早く主様だけでも解除しなければなりません。
孝充様にもわたし達と同種の時針がいると考えられます。
ですが、声に気づこうとしないため眠ったままで、サポートができない状態と推測できます。

「主様。失礼を承知の上、申し上げます。主様の文字盤の鎖を解くサポートをさせてくださいませんか?」
『鎖?…心に鎖が?なんで?』
「孝充様の件でございます。」
わたしが申したと同時に心が酷く怯え、鎖で縛りつけられた文字盤が壊れてしまいそうな程にカタカタと震えておりました。
『お父さんの…は…いい。』
「主様......。」
『あー。うるさいな。わかった。言う通りにするよ!』
ガタガタと音を変え、心は苛立ちと不安が交錯し、時計たちが不協和音を奏で、わたしも押し潰されてしまいそうな感覚に襲われました。
『で?お父さんに会いに行けばいいの?悪いけどそれは出来ないよ。海外だもん。』
「それはまだです。今は手紙など文章にしてはいかがでしょう?顔を見ないので、言いたい事を言えるのではありませんか?」
不協和音が、少し和らぎました。
納得してくれたようで嬉しいです。
これで、少しはわたしにまで絡みつくようになっている鎖の進行を遅くする事ができそうです。

*本音と時針~奏~
ガレットという僕をサポートする時針は、最近、声が弱々しい。
原因は僕にある。
このままだと、両親と同じように本心を隠した偽りの自身を演じて、時針の声も閉ざしてしまいかねない。
それを分かりながらも本心を隠してしまう。怖い。
全ての感情がガレットのいる世界に影響するのが伝わる。
『痛い...ごめんなさい...』

限界かと思った頃、執拗に僕を呼ぶガレットのはっきりした声が聞こえた。
うるさい程に。
でも生きた心地がする。
(ありがとう。ガレット...)
ガレットの勧めで、父親に対しての感情を手紙に吐き出して、海外にいる父親にそれを送った。
手紙が届いた頃、家に電話があった。
僕が出ると、電話先で父の泣き声が聴こえた。
『どうしたの?』
「奏からの手紙、読んだよ。ごめんな・・・ごめんな。お父さんも本当は奏を抱きしめてやりたい。毎日だって、こうやって話がしたいんだ。今すぐにでも帰りたい。そう思ってる。」
僕はどんな事を言われても、つっぱねるつもりだった。だけど、あまりにも震えた声で話しかけてきて、ガレットが貰い泣きするもんだから、僕まで涙がでてきた。
(ガレットのバカ・・・。)
『お父さんは僕たちのために働いてるからいいんだ・・・でもね、手紙に書いた事はホントだよ。会いたいです。ごめんなさい。』

*解放と封
ガレットは父親の時針が起きたのだろうと言った。
ということは、封をしていた時計も解放されたんだろう。だから、本心を電話で話せたんだ・・・。

「主様・・・。心の時計は、解放と封を繰り返し増えていきます。」
『繰り返し、増えていく?』
「はい。主様はこれから成長なさっていく毎にさまざまな事を考え、感じるでしょう。」
『まだ十二だもんね。』
「今回のように、わたしは生涯主様のサポートをしてまいります故、どうかわたしの声を聴いていただきたく思います。」
『その喋り方がもっと親しい感じになるんだったらね。考えるよ。』
「主様…。」

*最期~奏~ 
ガレット、おじいちゃん・・・大人になった今の僕なら分かるよ。人は隠さなければいけない本心と、隠してしまうと自分に封印をしてしまって身動きがとれなくなる本心の二種類がある。心の時計は時針という自身がどう動くかによって廻り方が違ってくるってこと。
ガレット、ずっと側でサポートしてくれてありがとう。疲れただろ?もういいよ。おやすみなさい。僕もそろそろ眠いんだ。

*最期~ガレット~
主様と初めてあった頃から随分と年月が経ちました。
解放と封印を何度も繰り返し、時計の増減も繰り返し、成長しました。
最近、主様は私と話す機会が頻繁になってまいりました。
主様の死期が近づいていることが分かります。
主様は最期まで私に語りかけてくださいました。
「ガレット、ずっと側でサポートしてくれてありがとう。疲れただろ?もういいよ。おやすみなさい。僕もそろそろ眠いんだ。」
『主様…お礼には及びません。これが私達時針の生き甲斐なのですから。
主様、お疲れ様でした。ごゆっくりお休みくださいませ。私も失礼しま…す…』

続きを読む(後書き)


僕は弟を愛しすぎている [小説]

注意:
・ただの兄弟愛ではありません。濃い、いや恋ほうです。
・「俺は兄ちゃんを愛し過ぎている」( http://raiyan.blog.so-net.ne.jp/2012-12-09 )の兄視点です。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・

*家族関係
弟の冬也は知らない、僕と両親が隠していることがある。
それは、冬也と僕は異父兄弟ということ。
僕は母の連れ子で、冬也は母と今の父との子。
冬也には死ぬまで明かさないつもりでいた。
でも、母は僕を嫌うから言動に表れてしまって、バレるのではないかと少しヒヤリとする。
母に小さい頃から嫌われているのは、僕の本当の父親にどことなく似ているからで、大きくなるにつれ行動も似てきたのが理由。
僕の父親は僕がまだ腹の中にいる間に他の女に手を出した。
それが相手の女が子どもができたから責任を取れということで母と接触したために発覚。
母は自分を裏切った男を許さなかった。
僕もそんなこと言われたら許せない。だから僕がその男に似ていくのが自分でも嫌で嫌で仕方がない。母に嫌われるのも分かる。
そういう気持ちがあるから、どう言われようと母に反抗はしない。
今の父親と暮らすようになったのは僕が2歳になったばかりのことだから、見たことのない父親よりも本当の父親のような存在で、とても穏やかな人だからすぐ懐いた。

*母と弟
母は僕が3歳の頃に産まれた弟を溺愛している。
僕も弟が小さくて可愛くてよく表情を変える弟が好きで、弟の傍を離れようとしなかった。
けれど、そんな僕を母は嫌そうに弟からいつも引き離した。
小さい僕はどうしてそんなことをされるのか分からず、泣き喚いた。
どうしても泣き止まない僕にうんざりして弟を傍にいさせると僕は泣きやんだという。
僕の記憶にはあまりないんだけど、父親からよくこの話は聞く。
今でも母は僕と弟が一緒にいるのをこころよく思わない。
「ねえ、あんたいつまでこの家にいるの?」
「ちょっと、母さん...…春十(ハルト)くんになんてこと....…」
大学を卒業するまではここにいさせてください。お母さん。」
「あと一年もいるの? イヤねー。一年でさえ長いんだから留年なんかしないでよ?」
「はい。頑張ります。」
こんな会話はしょっちゅう。
「なんで母さんは春十にそんなに出ていってほしいの? 俺、春十とずっと一緒にいたい! 大学だって頑張って春十と同じとこ入ったのに……ねえ、春十ずっとここにいてよ! せめて俺が卒業するまで! ね! お願い!」
「ダメだよ。冬くん。冬くんは僕に勉強教えてもらいたいだけでしょ?」
「ち、違うよ! 春十が好きだからだ!」
冬くんはどうして僕が母に嫌われているかを知らないから、不思議でしょうがない。
「冬也(トウヤ)! 春十から離れなさい!!」
「は!? なんで? いーじゃん。なんで母さん、怒ってるの?」
「ごめん。冬くん。僕、部屋に戻るよ。飲み物取りに来ただけだから。」
「え? 俺も春十の部屋に行く!」
「冬也!」
「母さん、何? 行っちゃダメなの? なんで? 別に俺、春十の邪魔しねえよ。」
冬くんに理解してとも言えないから、僕は母がいる時はなるべく冬くんを引き離す。
「冬くん、僕勉強するから、1人がいいな。」
「春十が言うなら...…我慢する。」
冬くんの言葉を聞いて、母は安心したようだ。
父はこのやり取りを見て、ヤレヤレという仕草を僕に見えるようにした。
母には見えないように。

*弟と僕
冬くんが中学生の頃だっただろうか?
告白をされた。
何度か女の子から好きだと言われた事はあるけれど、さすがに男からされた事は無いし、まさか弟からされるとは予想していなかった。
その日は何も返事を返せなかった。
驚きつつも心の中で喜んでる自分に戸惑ったから。
たぶん僕は冬くんが産まれたときから好きだった。けれど、母のこともあり僕は僕に嘘を付き続けて分からなくなっていたんだろう。
気持ちの整理に一日かかった。うまく冬くんと話せなかったのは悪いと思った。
母の機嫌は良かったんだけど。
でもまた話すようになって、しかもいままでよりも親密になった僕と冬くんの姿を母に目撃されてから母は僕を家からはやく出そうとするようになった。
僕は冬くんとできるだけ長く一緒に居られるように、なにかと理由づけて粘り続けている。

*弟は渡さない
大学を卒業して独り暮らしを始めた。
と、言っても冬くんが毎日来ちゃうから独り暮らしという感じはしない。
僕がバイトから帰ってくると家に冬くんがすでにいる。
合鍵を冬くんに渡してあるからだ。
最初、合鍵は両親に渡すつもりだったのだけれど、母は受け取りを拒否した。
父は母の圧力に負けて受け取らなかった。
その場にいた冬くんが、僕の手から取っていった。
母は気分をさらに害してしまった。
「そんなのいらないでしょ! 何に使うのよ! 冬也!」
「春十にいつでも会えるように、母さんたちが受け取らないなら俺が受け取る!」
母は深いため息をついた。
「どうして、冬也は私を困らせるの? ね?」
「は?! 俺がいつ母さんを困らせたんだよ? 困らせてるのは、母さんだろ?
どうして、母さんは春十を遠ざけようとするんだよ? 家族だろ? 俺の大好きな兄ちゃんなんだよ!! 兄弟が仲良くしちゃいけないなんてどこにも決まりないだろうが!」
冬くんは気が強いから思い通りにいくまで反発してしまう。
父がまたかというように、冬くんを宥めようとするけれど、効き目がない。
そういうときは僕がでる。
「冬くん。落ち着いて。」
「春十‥‥でも...…俺‥‥‥」
「うん。その合鍵は冬くんが持っていて。それでいいでしょ?」
「うん!」
冬くんは宥めることができたが出来たが、母は相当機嫌を損ねたようで、睨まれた。
この時、初めて母に僕は睨み返した。
「春十..‥あんた....!!」
母の平手が僕の頬を打った。
「出て行って!! お願いだから出て行って! あんたなんて産まなきゃ良かった!」
「はい。そうですね。僕が産まれてこなければ母さんも苦しまないで済んだでしょうね。でも僕が悪いわけではありませんよ。あの人が悪いんです。僕はあの人じゃない。それだけはいい加減覚えてください。この際ですからいいますが、迷惑です。」
母は呆然として僕を見ていた。
「は、春十? 大丈夫か? 救急箱持ってくるから。ちょっと待ってて!」
「冬くん!……大丈夫だよ。」
「でも...…赤くなって‥‥‥冷やさないと……‥」
冬くんは目に涙をためていた。
「うん。……でも大丈夫だから。後で兄ちゃんの家来れる? 場所分かるでしょ?」
「行けるけど...…」
「ちょっとだけ兄ちゃんと二人でお話しようか。合鍵持ってきてね。先行って待ってるから。」
「あ。うん‥‥」
「ほら、泣かないで。」
冬くんの頭を撫でて実家を出た。

帰るまでに何度か父から電話があったが、出なかった。

まだ引越しの片付けが少し残っている狭い一室で、冬くんが来るのを待った。
何時間待ったのか覚えていないけれど、ちゃんと冬くんは来てくれた。
早速合鍵を使って入ってきた。
「いらっしゃい。....おかえりのほうがいいかなー。」
「春十!」
冬くんが抱きついてきた。
「どうしたの?」
「春十~! 俺、春十が好きなのに! 春十のこと全然分かんないんだ! 大好きなのに...…守ってやれなかった‥‥俺は……‥」
「僕も冬くんが大好きだよ。だから、冬くん。自分を責めないで。」
冬くんなりに悩んで爆発してしまったんだろうと思った。
「冬くんに僕、隠してることあるんだ‥‥聴いてくれる?」
「彼女ができたとか以外?」
「冬くんがいるのに彼女なんていないよ。家族の事。」
深呼吸をしてからゆっくりと話始めることにした。
「僕と父さん、血が繋がってないんだ。」
「え? どういう……こと?」
「僕は母さんの連れ子で、冬くんは母さんと父さんの子ども。
だから、僕らは異父兄弟ってことだよ。」
「嘘....冗談でしょ?」
冬くんは動揺していた。
「本当のことだよ。母さんが僕を嫌うのは、僕の本当の父親に似ているから。」
「そんな..‥じゃ、じゃあ、春十は....春十は....嫌わらるのおかしいじゃないか! だって....春十は春十なのに。」
「うん....」

冬くんに本当の事を話しているとすっかり外は暗くなってしまった。
「暗くなっちゃったね。この辺は危ないから今日は泊まって行くといいよ。狭いけどね。」
「そうする....」

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