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修理屋リュシヘル [小説]

*主と時針
時針は主体である人間がその生(いのち)を終えると、何も主からの願いが無ければ、主と共にその生を終える。
しかし、主からなんらかの願いがあるならば、時針は必ずその願いを聞き、それを叶える。
それが時針という種に与えられた本能(シゴト)だからだ。

*リュシヘルが叶えた願い
私の主殿はとても孫想いの方だった。
最期の最後まで、孫の奏様を気遣っていた。

私は主殿と共に眠りにつき、生涯を終えるつもりで静かにその時を待っていた。
だが、主殿は私に最期の願いを叶えて欲しいと言った。
私の本能がそれは絶対的だと判断する。
『その願い、必ず私が叶える。どんなものでもいくつでも構わない。』
「ありがとう....ニヴァ。でも願いはひとつに決めているんだ。」
『ひとつだけ....?』
「奏の事だ。あの子はシャボン玉のように鮮やかで綺麗だが、とても繊細で傷つきやすい。支えているガレットも傷だらけとなり、壊れてしまう事があるだろう。だから、二人の支えとして、修理屋になってほしい。」
『私に奏様の心に入ってくれという事か。』
血の繋がりがあれど、時針として他の主体に移る事はできない。
しかし、別の種族の修理屋に上手く転じる事ができれば、それは可能だった。
それは、人でいう転生ではなく転職に近い。
「頼めるか?」
『ああ。』
「だが、ニヴァとは名乗らないで欲しい。やはりこれは願いが二つになってしまうのかね?すまない。」
主殿は弱々しく私に問いかけた。
『否。主殿。主殿がひとつだけというのならば、それはひとつの願いだ。しかし、私からもひとつだけ願いを言ってもいいか?』
「なんだ?私にできる限りでニヴァの願いならなんでも聞く。」
『名前をくれないか?主殿のくれた名前を名乗り、奏様を支えたい。』
私は主殿との繋がりを求めた。
「そうだな....ニヴァはとても容姿が美しいから、それに相応しい名がいいだろう。」
『この身体は主殿の性格を具現化させたものだから。』
時針の姿は人の心を具現化させたものであり、常に同じというわけでもない。
人の心は身体と共に成長をするからだ。

主殿は私に命名するために、しばらく考えこんでいた。
「....リュシヘル....というのはどうだろうか?」
『リュシヘル....昔、主殿が気に入って読んでいた本に出てきた人の名....その人は私も好きだ。』
主殿が学生の頃より気に入って、何度も読んでいた小説を思い出した。
それがきっかけとなったのか、昔のさまざまな記憶が蘇ってきて懐かしく思え、まぶたを閉じて主殿が呼ぶのを待った。
「リュシヘル。」
『ん?』
「奏を頼む。」
『その願い確かに聞いた。』
そう私が言うと、安心したように主殿はその生を終えた。
それと同時に私の身体はカタチを失くした。
それは、他の種族に移るためのひとつの段階だ。

*時針から修理屋へ
私は主殿を失い、長いように思える短い時を、聴き慣れた音も感触も景色も、何もない吸い込まれそうな、ただひたすらに黒く暗い空間で、人のカタチをとれないままにその時を待っていた。
あの音が、声が、聴こえるまで....。

時計にヒビが入る音が次第に大きくなり、私の中に伝わってくるようになった。時針の苦しむ声が、その主体である人間の叫びが聞こえてくる。
その声の主に問いかける。
『痛いか?苦しいか?逃げたいか?』
「助けて....」
私は気持ちが高揚するのを抑えつつ、その声に願う。
『もっと願ってください。奏様。私はここにいる。準備はできている。後は奏様が私を呼ぶだけ。私はここ。名はリュシヘル。さあ、呼んでください。』
「助けて!修理屋(リュシヘル)!」
『御意。』
その声に私は従うことができる。
修理屋になるには誰かに願ってもらわねばならない。
元主に転種することを願われ、カタチを失くしても、ずっと願われることなく、元主の願いをいつか叶えるためにと、さ迷っている者も多くいる。
主によっては、時針にひたすらに生きて欲しいという願いを叶えて欲しいがために転種することを願う方がいる。
しかし、願われることなく数百年もさ迷えば、それは邪気となり、時針と主を隔てる壁となる。
『奏様ならば、呼んでくださると思っておりました....。』
私は人に似た姿で修理屋として、奏様の心の空間へと移動した。

*過去の名
奏様の壊れた時計とガレットを修理し終えると、奏様が近づいてきた。
「ありがとう。リュシヘル....いや、ニヴァ。」
私は一瞬そのまま応えようとしたが、前の名で呼ばれた事に気がつき驚いた。
私は奏様に、ニヴァであった事を悟られないように演技をして上手くいっているはずだと思っていた。
主殿が私の名前を変えたのは、奏様に悟られないようにという願いも含まれていたと解釈したためそのようにしていた。
しかし、私自身の隠しきれない性格と口調が災いした。
計算外というやつだ。
己に自惚れたせいだ。
奏様は興味津々に、なぜ私がここにいるのか聞き出そうとする。
昔から変わらない姿を愛おしく感じ、頭を撫でた。
奏様は不思議そうに私を見つめてきた。
『奏様…。』
名前を呼ばれ、何か話してくれるのかという期待の眼差しが私に向けられたが自らの意思でこちら側へ来るなら、まったくとは言えないものの、体への負担は少ないのだが、奏様はこの時無意識で心の中へ来ているため、体への負担が心配だった。
主の体の負担は心にも影響しかねる。せっかく修理したガレットにも負担になりかねないことなのだ。
『 細かい事は気にしねーことだ。後々分かる時がくる。もう目を覚ませ。』
奏様の目を私は手のひらで覆い、そっと瞼を閉じるように促した。
『おやすみなさいませ....。』
奏様の姿はスーッと消えていった。
とても純粋な方で良かったと安堵した。
その様子を静かに見守っていたガレットが私に話しかけきた。
「願いを叶えたのですね。」
『........。』
私はすぐに返事を返さなかった。
確かに主殿の願いは、修理屋となり奏様を支えて欲しいというもので、一応、叶えた事となる。
「危険な願い。主様が呼ばなければどうしていたのです?ニヴァ。」
『....今はリュシヘルだ。』
わざとらしく昔の名を呼ぶガレットに少し苛つきながら、指摘した。
「そうでしたね。リュシヘル。」
面白がるように名前を訂正された。
『私は主殿を信じている。主殿は奏様を信じている。ガレットもそうではないのか?己の身を削ってでも守ろうとしたではないか。』
ガレットは表情を変え、不安そうな目で私を見た。
忙しい奴だ。
「....だが、それは....奏様を傷つけてしまう事だった。わたしは時針であり続ける自信が今はない。実はリュシヘルのようでありたいと思っていたが、歯車は錆び付き、噛み合わう事はなく、外れてしまった。」
ポツリポツリと私に、弱音を吐いた。
私はあまり他人を励ますというのは得意ではないのだが…。
『失敗は成功のもと。主殿に教わった言葉だ。今回の事は次に活かせばいい。私もそうしてきた。最初から上手くいくというのはなかなかに珍しい事だ。気を落とすなとは言わない。しかし、自信は失うな。時針が主を放っている場合ではない。時期に奏様の目が覚める。その時、誰も支えなければどうなる。私は呼ばれなければここには来れない。しかし、ガレットは常にいることができる。違うか?』
こう話している間にも、私の人のカタチは失われていく。
「そうか…リュシヘル。ありがとう。」
ガレットの表情は、不安気なものから、自信を取り戻した生き生きとしたものに変わっていた。
ガレットの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、幼い子どものような無邪気な笑顔を私に向けた。

私の存在はその後、何もない空間へと引き戻された。

*覚悟
主を亡くしながらも生きる時針は相当の覚悟が必要だ。
何もない空間で己を保ち続けなければならない。
己を保てなくなってしまった時針を何人もこれまでに見た。
私の覚悟は、主殿への忠誠心。
ある者は、それはただの縛りだと言った。
文字盤に絡みつく鎖のようなものだと。
私は、主殿に存在を知られた時に言った言葉がある。
『私は、主殿が望むのならば鎖に封じられてもいい。』と。
そう言った時、主殿は本当に私を鎖で封じた。
「こうしてもいいって事なのだろう?変わっているなお前。でも、生憎私はそういう趣味はないからもう二度とお前を封じる事などないだろう。」
主殿は緩い鎖の封を解除し苦笑混じりに私に答えた。
『私はそういう覚悟もできているという意味で言ったのだが…』
その時はただの言葉のアヤで言ったつもりだったのだ。
「二ヴァ、自分に嘘をついてはいけないよ。」
『嘘?嘘など私は言ってないぞ。』
「いや、二ヴァは嘘つきだ。」
『どうしてそう言える?意味が私には分からない…。』
主殿は私の疑問に答えてくれる事はなかった。
だが、私は今になって嘘の意味を理解した。
あの時、私に覚悟など無かったのだ。
抵抗はしなかったものの鎖に実際に封じられた時、どんなに不安気な表情を私はしていたのだろうか。
どんなに恐怖に満ちた顔を主殿に見せたのだろうか。
体が震えていたのかもしれない。
涙を目に溜めていたのかもしれない。
覚悟があるならばそのような表情などしないだろう。
『主殿…嘘つきで申し訳ない…。でも、もう少しだけ私は私に嘘をついてもいいだろうか?
私は、寂しくない。
私は、修理屋のリュシヘルとして、主殿の忠誠のため生き続ける覚悟がある。』
実体のない私は、人のような姿をこの時していればどんな表情で言ったのだろうか?
どれだけ体を恐怖させながら言ったのだろうか?
主殿が側にいたらまた苦笑混じりで嘘つきと言うのだろうか?
あの優しい声とあの男らしくたくましい腕で私を包みこんでくれたのだろうか?
『できることならば、独りになどなりたくはなかった。
こうなるのであれば、本能(シゴト)など無視してでも共に終わりたかった。こんなに恐ろしい空間だとは思ってなどいなかった。』
後悔に包まれていく私の周りの空間は嫌な音を立て歪んでいく。このままだと邪気と成り下がってしまうと分かりながらも後悔と不安は止まらない。
『奏様…もう私は必要ないのか?あれからどれだけ経っている?どうしてあれから私を呼ばない?疑問だったのではないのか?聞きたいとは思わないのか?それとも、まだ一時間も経っていないのか?』
時間の感覚を失った私はきっと面倒な性格になってしまった。
『寒い。』
暖かさや寒さなど感じることなど実体が無いのだから、感じるはずはない。
「リュシヘル。どうしてそんなに怯えているの?どうして声を聞いてくれないの?聞こえたら返事をしてよ。寒いのならおいで。こっちは暖かいんだ。そっちの水は苦いでしょ?こっちの水は蜜のように甘いんだ。さあ、おいで。」
誰かが私を呼んでいる。
何も聞こえなかったのに、少しずつ聞こうとすると、声がハッキリとしてくる。
「リュシヘル。おいで。」
『ただいま、参ります。』
徐々に実体を成しつつ 声のする方へと吸い寄せられていく。

✽修理屋リュシヘル
声の主は奏様だった。
『お呼びで?』
「来るのが遅い。何度も呼んでるのに。」
人の成長はとても速い。
『自らの意志でこちらに来られるようになっているとは…』
「なかなか、呼んでも呼んでも来てくれないから、ガレットに手伝ってもらいながら覚えたんだよ。」
奏様はずっと私を必要としていたようだ。声を、音を閉ざしていたのは私自身だったようだ。
『成長を見守っていただけだ。ちゃんと聞こえていた。』
「嘘つき。じゃあ、どうしてそんなに安心したように泣いているの?恐怖に怯えていたところから出て来られたからなんじゃないの?違う?」
さすがと言うべきなのだろうか?
主殿のお孫様だ。私のことを分かっている。
「まったく…リュシヘル、頼みがあるんだ。文字盤にヒビが入った。直してほしい。」
奏様は空間からヒビが入った文字盤を出現させ、私に渡した。
『また、大胆に…どうしたらこんなヒドいことに…。時間がかかりそうだ。奏様は一旦戻ったほうがいい。』
「誰のせいでこうなったと思うんだよ。」
『なぜ、私を見る?』
奏様に代わり、ガレットが私の疑問に答えた。
「主様はどうしたら、リュシヘルを主様の中に留めることができるのか、それはリュシヘルのためになるのか、祖父の意向に背くのではないかなどさまざまな貴方の事について、長年考え、今回の答えに辿り着くまでに長い時をかけられ、その間に傷がついたのです。ヒビが入ることは、その思いがさまざまな葛藤をした跡ですから。」
渡された文字盤の裏の文字を見ると、リュシヘルとあった。
文字盤の裏には、なんの文字盤なのか時針と主が管理できるように文字が記されているのだ。
『奏様…。』
「そういうことだから、このヒビの責任をとってもらうために、僕の心の中に僕が死ぬまで留まってもらうから。」
修理屋として依頼された事はそれを果たすまで、呼び出した主のところに実体を解く事ができないため、留まらなければいけなくなる。
『修理屋の事どこまで知ってる?』
「どこまでだろうね。依頼が完了したら教えてあげるよ。」
奏様はイタズラっぽい笑顔で私にそう言った。
『まあ、いい…。私は依頼を受けこなすだけだからな。』
私はどんなに緩い表情をしただろうか。
「もう少し素直ならいいのになー。あ、これ依頼にしていい?」
『追加料金いただきます。』
「料金制とは聞いたことがありませんが?リュシヘル。」
『そこは黙っておけ。ガレット。』
楽しい会話は久しぶりだ。


☪✧*°。˚✩。 あとがき。˚✩。˚*✧☪
今回は二ヴァ…リュシヘル視点で書いてみました。
虚勢を張って時分の弱さから逃げているって事は、
経験ある方多いのではないでしょうか?
自分の弱さと向きあうのは、コワイものです。
時には誰かの助けも必要な時もあります。
リュシヘルには奏がいました。
もし奏がいなければ、闇に呑まれていたでしょう。
自分から声を閉ざしてしまわないようにしたいですね。

では、また次回…。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
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